ドナート帝王は、ジェロディと名付けられた。 GERODI は、英雄の意味を持つ。ジェロディは宮殿でセルジオと言う名の女従者に育てられた。愛嬌のある顔立ちに朗らかな笑顔、膨らみのある柔らかい手。まさに『聖母』のような女性。ジェロディはセルジオを実の母親のように慕っていた。セルジオも、ジェロディを実の息子のように愛情を注いでいた。

ジェロディは読書が好きであった。毎日書庫から本を引っ張り出してきては、楽しそうに読んでいた。そして、読んで得た知識を誰かに教えたいと思った。だが、ただ知識を教えるのは見せびらかし、自慢する事と同様だと思い、ジェロディは考えた。見せびらかして他人より優位に立ちたいと思っている訳では無いが、話を聞く側としてはそう聞こえるだろう。それは双方気持ちが良くなるものではない。難しい顔をして考えていると、セルジオが苦虫を擂り潰したような顔をして、ジェロディのいる部屋に入ってきた。腕を押さえていて、押さえている手の隙間からは血が流れていた。ジェロディは驚いて駆け寄った。

「セルジオ!その怪我は…?」

セルジオは苦笑いを浮かべて返す。

「ああ、ジェロディ坊っちゃん…いえね、少し小枝に引っ掛けただけですよ」

小枝に引っ掛けただけと言うが、それにしては傷が深い。血は乾く間もなく流れ続けている。止血をしないといけない。そう思い、ジェロディは服の一部を破いてセルジオの腕にきつく縛った。セルジオは驚いた顔をしてやめさせようとした。

「…!坊っちゃん、お止めください…お召し物が汚れてしまいますわ」

ジェロディは軽く首を横に降り、傷口の辺りの血を清潔なハンカチーフで拭き取る。

「服の汚れなんて、洗えば落ちる。落ちなくたって、代わりがある。でも、セルジオ。あなたの傷を代わりに受けることはできない。ましてあなたの代わりなんていない。だからせめて、応急処置くらいさせてください」

傷口を観察すると、何かに抉られたような傷に見えた。しかしセルジオは小枝に引っ掛けただけと言う。彼女は嘘を吐かない。彼女が引っ掛けたと言えば、そうなのだろう。何か違和感を抱きながら、消毒した後に包帯を巻いた。包帯など巻いたことも無かったが、本で巻き方を覚え、持ち前の器用さでどうにか巻くことができた。本を読んでいて良かったと思った。

「ありがとうございます、坊っちゃん。…坊っちゃんは本当にお優しい。ただの従者である私などに手当てまでしてくださって…」

それを聞いて、ジェロディは困ったような表情になった。

「なに、ただの従者ですって?何を言いますか、セルジオは僕の大切な家族ですよ。血は繋がっていなくとも、それに匹敵するほどの信頼を寄せている。少なくとも、僕はセルジオの事を家族だと考えている」

何せ、ジェロディは母親の顔を見たことがない。父も同様。兄弟姉妹もいない…唯一家族に近い存在と言えば、セルジオだけだった。

「…っと。はい、出来ましたよ」

包帯の先を結び、セルジオの顔を見る。怪我をしていない方の手で口許を押さえている。顔はほのかに赤く、泣いているようだった。ジェロディは焦る。何か、痛かったのだろうか…

「す、すみませんセルジオ。痛くしてしまいましたか…?」

「いいえ…これは嬉し涙ですわ。あなたに…こんなに優しい坊っちゃんに出会えて…私は幸せ者です…」

ほっと胸を撫で下ろした。同時に、胸の奥が熱くなって、ジェロディももらい泣きしそうになった。

「…さて!もうお昼時ですし、昼食を用意しませんとね」

涙を拭い、今も少し赤い顔に笑顔を浮かべて立ち上がる。ジェロディはその笑顔を見て、少し安心した。

「セルジオ。僕はミートパイが食べたいな」

昼食のリクエストをすると、彼女はにこりと微笑んで頷いた。

「かしこまりました!少しお待ちくださいね」

踵を返して扉を出る彼女。軽く手を降って見送るが、何だか悪寒がし、鳥肌が立った。扉が開いた際に入ってきた冷気のせいからだと思い、ジェロディは特に気にすることもなく、読書に戻った。