「塩丸さァん!!」

背徳がこちらに走ってくる。

背徳は塩丸さんに飛び付くと、笑った。

…背徳と塩丸さんは知り合だったのか。

しかし、一体どういう繋がりなのだろう。

「背徳が迷惑かけたね。狼星。」

背徳が迷惑なんてかけていない。と、むくれる。

彼女の名前もすごいが、僕の名前も変わっている。

狼星、なんて名前、僕以外に存在するのだろうか。

塩丸さんは僕の頭を撫でる。

塩丸さんは、今年70いくつになるのに、ぴんぴんしている。

小さい頃は、戦争を、大人の前半は世界中を一眼レフと生きたという塩丸さんの手は、ごつごつして、固く、大きい。

長い歴史を生きた大樹。

「…どうだ。高校は。」

「何事もないよ。」

「そうか…、大学は。合格しそうか。」

「受験はまだまだだよ。」

僕が言うと、塩丸さんは、
「今年受験生になるやつが、何をとぼけている。準備は早い方がいいに決まってる。」

と僕の背中をばしりと叩いた。

「背徳も。がんばるんだよ。」

塩丸さんが言うと、背徳はこくりと頷いた。

海から風が吹く。

背徳の顔につやつやの黒髪が、ぱさりと落ちる。

背徳は鬱陶しいのか高く、きゃん、と鳴いた。

「狼星、背徳は都会っ子だったから何かと迷惑をかけるだろうが、これからも仲良くしてやってくれ。」

僕は、成る程。と思った。
背徳がここらでは見ない、きれいな顔立ちをしているのも

黒いつやつやとした髪がぱさりと顔にかかり、それをほっそりとした指で払うというそれだけの動作にさえ華があるのも、都会の女の子だからだったのだ。

塩丸さんの後ろにいる背徳と目が合った。背徳はふっくらとした二重の目をぱちくりとさせたあと、花が綻ぶように、笑った。