「あのさ、キミね」

はあっと大きくため息を吐き出して、彼女の椅子の背を掴んでぐるんと回す。

膝を付き合わせ強引に向き合わせると、朱莉は眼鏡の奥の瞳に強い力を込めて口の端だけで笑った。

「なぁに、センセー。欲情した?」

馬鹿か、と軽く頭を小突くと、何が嬉しいのかくしゃっと顔が崩れた。

「何で出来る問題をわざと間違えたりするの?」

「別に、わざとじゃないよ」


1ヶ月ちょっとの付き合いじゃあ、この程度のジャブで本音を晒してはくれないようだ。

そりゃそうか、俺だって嫌だ。

秘密は自分だけの秘密にしてこそ意味がある。


だけど、少なからず原因は、この不可思議な家庭環境にあるように思えた。

「……計算、違ってる」

「――ああ、本当だ。ゴメンナサイ」


教師は、勉強だけ教えればいいわけじゃない。

踏み込んではいけない領域があり、壊さなければならない壁がある。

俺にはまだ、その線引きが分からない。


「真面目にやんなさい」

「りょーかい」


初めて受け持った生徒は、優秀な問題児だった。

初心者には少々ハードルが高い。