この期に及んで瀬戸朱莉をどう呼ぶべきか決めかねていた俺は、咄嗟に『さん』という敬称を使った。

『ちゃん』じゃあまりにも子ども扱いな気がする。


それは良いとして、この行動は一体なんだ?

さっきまでのお嬢様然とした彼女とはまるで別人だ。


「センセーも、緊張したぁ?」

クスクスと笑いながら、伸びをする少女。

「『さん』とか止めてッ! 笑っちゃう」

「……じゃ、なんて呼べば」

「朱莉」

いやまさか。

呼び捨てってことはないだろう。

「朱莉ちゃん。キミもしかして、猫被ってる?」

「お金持ちの一人娘らしくね」

少し後ろに手を付いて天井を仰ぐように上体を傾けた彼女は、足をぶらぶらさせながらそう言ってウィンクする。

「――上流階級も、色々大変だな」

思わず漏れた本音に、彼女は嬉しそうに目を細めた。

「よろしくね、センセー」

「とりあえず、ベッドから降りてね」

「はぁい」と、およそお嬢様らしからぬ口調で返事をした少女はぴょんとベッドから立ち上がり、机に立て掛けてあった折り畳みの椅子を開いて「これセンセーの」と差し出した。