「先生、いい加減にしてください」

と、朱莉の母親からクレームが入ったのは、もう8月も5週目、夏休みの終わりが見え始めた頃だった。


前の週夕方から夜にかけて連日塾講師の短期バイトが入っていたこともあり、『ご褒美』を1回分お預け食らわせた朱莉から『利息』とやらを請求されて、週末に行われる隣県の大規模な花火大会に連れて行く約束をしていた。

もちろん2人きりという甘い話ではなくて、裕也や木嶋ら、いつものメンバーと一緒にだ。


近所の夏祭りにちょっと連れ出すのとはワケが違う。

帰りがかなり遅くなるのは目に見えているので、早めに保護者の許可を取ろうとしたのだが。


「朱莉は高校生なんですよ。先生にお願いしているのは、朱莉の勉強です。大学生の遊びを教えていただきたいわけじゃありません」

言っていることは、ごもっともだった。

朱莉の母親は娘が本当は頭が良いことを知らないのだから、なおさらに。


「お言葉ですがおかあさん。朱莉さんにこれ以上の勉強は不要ですよ。彼女は良くやっています。とても優秀だ」

理由は知らないが、朱莉は本当は勉強が出来るということを親に知られたくないのかもしれない。

それでも、黙ってはいられなかった。

「彼女は1人でも外に出てますか? 夏の思い出は。高校生らしい遊びは。友達と会ったり、家族と旅行したり。俺が連れ出さなければ、彼女は休み中ずっと家に引きこもるつもりだった」


2階にいる朱莉が気付いて降りてくる前に、話を終わらせたかった。

朱莉の母親は、俯き加減で肩を震わせていた。

それが怒りの感情なのか何なのかは、読み取れない。