「卒業おめでとう」

「そっちこそ」

「就職も」

「……そっちは、採用おめでとう」


日本を発って、2年間働きながら海外で暮らして。

帰国後大学に復学して3年。


無事卒業を迎える今日この瞬間を、まさかコイツの隣で過ごすとは思ってもいなかった。


「未だに分かんねえ」

「何が?」


5年経ってもあまりにも変わらない、眼鏡の奥から見上げてくる強い瞳。

変わったのはその眼鏡のフレームの形くらいだ。

それですら、色は変わらず赤のままで、相変わらず顔の一部然として常にそこにある。


「何でお前がうちの大学選んだのか」


高2の3学期には、彼女はもう勉強が苦手なフリをする必要がなくなっていたはずだ。

もっといいとこ行けただろうに。


いい加減繰り返し過ぎてこの問答にも飽きたんだろう、瀬戸朱莉はつまらなそうに目を細めた。


「私だって分かんないわ」

続く言葉は予想出来過ぎた。

俺が遮る間もなく、彼女の方が、その先を口にせずに飲み込んだ。


「あの頃は一度も」


高い空を眩しそうに見上げた彼女の、長い髪も袴の裾も風に揺れる。

「こんな未来、想像しなかった」

「……不満?」

「まさか。楽しんでる」

「なら、いいんじゃね?」

「……そう、ね」


将来なんて。
思い描いた通りにならないからこそ、楽しめるんだ。


彼女と一緒に卒業することも。
4月から始まる新しい生活も。


起こった全てが、俺たちにとって予想外の連続だった。

きっとこれから先も、ずっとずっと、そうなんだろう。