まだ言うか。

一体何にこだわっているんだ。


衝動的に伸ばした手の軌道をギリギリで修正して、彼女の頭へ。

教師ヅラしてこうやって子ども扱いしてた方が遠慮なく頼れるんなら、そうしてやる。


「だから早く、『先生』を安心させてください」


頭のてっぺんに手を置いたまま、子どもに言い聞かせるように目線を合わせて身をかがめる。

お前のためにと言うのが重荷なら、その逆を。


もう、他人事じゃないから。

お前が背負わされた石が取り除かれることは、ひいては俺のため。

俺がその石をどかしてやると言うよりも、そっちの方がずっと、受け入れやすいのだろう。


ようやく朱莉が力を抜いて、安心したような笑みで俺を見返した。


――は、いいが、予定外に縮まった距離に自制が利かなくなりそうで、そのままくるりと彼女を反転させて、背中を押した。


「あっ」と短い声を発して、朱莉は玄関の外に出る。

その先で待っている母さんの存在を思い出したのか、彼女は身体を外へ向けたまま、顔だけで振り返った。

「センセー、……ありがとう!」

彼女の表情は晴れていて、俺は笑って手を振りその背中を見送った。

問題はまだ何も解決していないけど、ようやく最初の一歩を踏み出せたと思っているのは俺だけじゃないのだろう。


――ひとりになった途端静まり返った家で、気付いてしまった自分の気持ちを持て余しながら、俺は最後に彼女に触れた右手をしばらく見つめていた。