この書物を初めて見た時から疑問に思っていたことを、教授に訊ねた。

「この黒い染みは何ですかね?」

表紙の右下の隅の方に2㎝程の黒い染みがあった。

墨とは違う、もっと黒い染み。

漆黒の闇の様で、あまり良い感じがしない。

その染みは、ページが進む毎に増えている。

ただ不思議なことに、文字を邪魔することはなく、文字を避けるように点在していた。

「カビじゃないか?墨じゃなさそうだからなあ」

カビ?

カビはここまで黒くなるのだろうか?

その疑問をぶつけようと思ったが、川原さんとの話に夢中になっている教授を見て、その疑問を飲み込んだ。

聞いてみたところで納得のいく答えが出そうにもない。

ましてや楽しげな二人の会話を妨害してまで聞くことでもない。

疑問を残したまま、僕は再び文字に目を落とした。

村の由来の次は、政の話が続いた。

春に行われる水耕祭。

その年の作物の出来が良くなることを願って、神様の為に設けられた水田を、その年の巫女に選ばれた娘達が田植えをする。

選ばれる娘は5人。

二十歳未満の純血の乙女だけが選ばれたという。

巫女に選ばれた娘達は、その年一年は男性との接触が許されず、寝食は谷底にある神の祠の側にある宮社で行わなければならない決まりになっていた。

娘達はどう思っていたのかは知らないが、選ばれた家は大変な名誉になったそうで、皆こぞって娘を差し出したと書いてあった。

差し出すとは変な言い方だなと、違和感を感じた。

でも考え方を変えてみた。

神の巫女になるために、神様に差し出すという意味かもしれない。

それなら違和感はないだろう。

そう自己解決をして、ページをめくった。