私が保健室に行ってから数日後。
あれ以降、水城とよく話をするようになった。


「えー、優奈帰るのー?!」
今日は放課後に自由参加の数学の補習がある。
数学が苦手な私と美咲は、補習を受ける事にしていた。
優奈も苦手で、一緒に受けるはずだったんだけど、塾の時間がいきなり変更になって、今日の補習は参加できなくなった。

「ごめん…。次の補習は必ず出ます…。」
優奈はそう言うと、慌しげに教室から去っていった。
「じゃあ、私達も多目的室行こっか。」
美咲の言葉に頷いて、私達は補習が行われる多目的室に向かった。

「あれ、水城も補習受けるんだ?」
席に着くと、斜め前にいた水城に声をかけた。

「あー、俺、数学が一番キライだから。」
水城も私に気付いて返事してくれた。

前まで質問してもガン無視だったのにな……。
本当、これだけ仲良くなれてよかったって、毎日思うよ。
それにしても、水城って数学苦手なんだ……。
俺、理系なんでもできますけど? みたいな顔してるのにな。

「へー、ちょっと意外。意外と理数系に見えるんだけどな~。」
「理科は好きだけど? 数学は滅びろレベルで受け付けない。」
真顔だった。
ほんとに嫌いなんだ……。

「 はーい、じゃあ、補習始めまーす。 」

先生がそう言うと一気に教室は静かになり補習が始まった―――


―――長かった…。

みんな大抵1時間ぐらいしたら帰ったのに、私と美咲とその他10名程度は、あまりにも理解力がなさすぎて1時間30分以上も補講を受けていた。

私は一人で教室に向かっていた。

美咲はあと少しかかるそうなので、私は教室で待っていることにした。
そのまま多目的室にいたら、まだ課題を与えられそうだったからな……。

教室に戻って気付いたけど、掲示の仕事が残ってるんだ…。
私はクラスの掲示係で昼休み、プリントを掲示するよう先生に頼まれていたのをすっかり忘れていた。
美咲が来るまでに終わらせようか。

教室の机の上にはまだ数人分の鞄や上着が残っている。
私は上着を羽織ると、教卓の上に置かれた数枚のプリントを手に取った。

私がプリントを掲示していると、誰かが教室に戻ってきた。
「美咲――?」
私確かめもせず、美咲の名を口にした。

「……。」

返事はない。
――違ってたんだ…。

「誰か分からないけど、間違えてごめんなさい。」
どうせこのクラスの人なのだからと思って、私は人物を確かめることなくそう言った。


「篠崎さ、好きな人とかいる?」


いきなり何を言う?!

私が驚いて振り返ると、水城が後ろに座っていた。
「は、え? 何?! いきなりっ!?」
状況が理解できない。
つまり、私が美咲と間違えてた人は実は水城で、その水城が私に好きな人がいるか聞いてきている。
よし、わかった。
状況はとりあえず理解できた。
いや、でも、質問なんて言った?
好きな人?
いやそんなの答えられるわけないでしょ。
「うるさいし…。その反応は…?」
水城の顔はニコニコしている。
…というか、にやにやしている。
人の気も知らないでっ…!!

――でもさ、これってチャンスだよね…?
今、教室には2人きり。
みんな多目的室にいるか下校済み。

「だーれー?」
水城は私の気も知らないで、のんきな声で問いかけてくる。
足はぶらぶら。
…完全に遊んでいる。
「……。」
でも、今、ここで伝えなかったら、またチャンスはくる?
何もできない私にとって、これは最大のチャンスじゃないの?

―――伝える。

私は大きく深呼吸した。
そして、水城のほうに顔を向ける。
水城は、言う気になったか、とでも言うように驚いている。

「私が水城のことを知ったのは1年生の3学期のころでした。」
突然の私の台詞に目を丸くする水城。
当然だ。
今、伝えないと。思ってること。

「水城は、その時からとても無愛想でした。初めて水城のことを知った私は、コイツとは関わりたくないな、って思ってました。2年生になったすぐ最初、私は季節はずれのインフルエンザで学校を休んでました。久しぶりに登校して来た時、初めて水城と関わりを持ちました。」

存在を知った1年生の3学期の私。
初めて関わりを持った病み上がりの2年生の頃の私。

「私は自分の教室のどあを開けたとき席替えをしていたから、クラスを間違えたかと思って思い切りドアを閉めました。その時、後ろに隣のクラスの水城がいました。」

ガランッ!!
勢いよくドアを閉めた。
ここ、私のクラス?? 間違えた??
…どうしよう…。

『ははっ』

呆然と立ち尽くす私を笑った男子。
隣のクラスの水城だった。
『何してんの?』
そんなに面白かったのか水城の顔にはまだ笑いが残っていた。
『…ここって私のクラスかな…って思って。』
私はクラスのかかれたプレートを見た。
2年3組。私のクラス。間違いない。……あぁ、席替えしてたのか。
そう思うととたんに恥ずかしくなってきた。
『やっぱ、私のクラスです。ごめんなさい。なんでもないです。』
そういって再びドアに手を掛けようとした時、私より一瞬早く水城が教室のドアを開けた。
『もしかして篠崎?』
さっきみたいに顔は笑っていない。笑いは収まったようだ。
私の顔を見ないで再び声を掛けてきた。
『そうだけど……?』
内申私は水城にどうして名前を知られているのか不思議でならなかった。関わりたくない男子と関わった上に名前まで知られていた。
『あー、やっぱりね。季節はずれのインフル治ったの?』
声は変わらず無愛想。さっきの面影なんてまるで残っていない。怖かった。
『…あ、はい。』
顔を見ずに答えると、水城は窓際の後ろから2番目の席を指差した。
『あそこ。』
ただそれだけ言った。
あそこが私の席、ってことかな。そう思って水城の顔をちらっと見ると、早く行けよ、とでも言うかのように顔を席に向けた。
『あ、ありがとう!』
お礼を言って席に向かった。水城は少しだけ顔を緩めるとすぐに自分の教室に行った。

「――その時、水城って実は案外優しいのかなって思いました。それから、少しずつ探すようになって。3年生になったらクラスが同じになれて、これはラッキーだなって思いました。最近じゃ話してくれるようになって本当に毎日学校に来るの楽しかったです。」

水城の顔はさっきと変わらず驚いたまま。

「最初は苦手だった。でも私は、あの頃からずっと水城が好きです。」

言った。
思ってること。全部言えた。
本当、あの頃からずっと目で追いかけてた。
あれ以来話しかける勇気も無くて。
同じクラスになってからは、本当に少し話ができるだけで嬉しくて。
それが今じゃあ、こんなに話ができるようになって。
夢みたい。

「……作文かよ。」
水城はやっと口を開いた。
少し笑顔も混ざってる。
迷惑じゃなかっただろうか。

「ほんと長文だね。」
私も水城の笑顔につられて小さく笑う。

「いやなんか、あれだね。好きな人聞かれたぐらいで、こんな長文ごめんっていうか、なんか……。ほんとごめん。今しかないと思ったから…。」
私はうつむいたまま顔を上げない。
あげられるわけない。
泣きそうだ。
今すぐここから逃げ出したい。

「あー……」
ほら、水城も言葉に詰まってる。
当たり前だ。
私でも詰まる。

「……俺だって篠崎と同じだけど?」

……え??
なって言った?
思ったことがそのまま顔に出ていたのかもしれない。
水城は私の顔をみると小さく吹き出した。

「俺等が話し始めたきっかけってコレだよな。」
唐突にそう言うと、いつの間に持ってきたのか片手にはストローが握ってあった。
「俺さ、最初ストロー入れ頭に落ちて来た時、コイツまじでありえねーと思った。態度も態度だしな。ほんとかわいくねぇと思ったよ。てか、前からさ、声でかいし、うるさいしでさ、ほんと俺にとってはなんなんだよって感じだったんだけどさ。初めて話したときはまだ落ち着いてたなって思った。」

2年生の時のこと覚えててくれてたんだ……。
それだけで、もう十分嬉しい。

「でもさ、ぶつかったじゃん? まぁ、当たった俺が悪かったんだけど、クラスの男子はうるさしさ。その時はもう、割とおれ自身仲いいつもりだったし、詫びようと思ったし、心配だったし保健室行くつもりだったんだけど。その時、篠崎かなり弱ってたじゃん。弱ってると気って割と本音出るんだなってその時思って、篠崎っていつも強がってんのかなとか思ってきて。なんだろ、そんとき、篠崎って不器用だなって思ったんだ。迷惑なんて思うわけないのに……。」
水城はそこまで言うと、少し笑った。

「なんか、案外そういうギャップというか、そういうの見せられると、相手の見方変わるよな。篠崎が本音言ってくれてるとき、言ってくれて嬉しい気持ちもあって少し複雑だった。」

「えと……。」
上手く言葉が出てこない。
なんていえばいいんだろう。

「嫌いじゃないよ。篠崎のこと。はっきりしろって言われたら、そだな。限りなく好きに近いかな。って、なんかくどいな。うん。篠崎と同じだよ。」
最後の方は早口だった。
照れてるときの水城の癖だ。

「今日からよろしくお願いしてもいいですか?」
恥ずかしさの限界なのか水城は顔を隠していた。

「こちらこそ、今日からよろしくされてもいいですか?」
私も水城と同じようなフレーズで台詞を返す。

泣きそうだ。
私達2人は顔を見合わせて笑った。