目が冷めたとき、私は保健室にいた。

「あ、篠崎さん。目覚めた? どこか痛い? 」
保健の先生が心配そうに私の顔を覗き込む。
「あ、いえ。」
先生に言われて体のあちこちを触ってみたけど、違和感や痛みはなかった。
ただの睡眠不足で倒れるなんて…
私が自分に呆れていると、
「貧血と微熱ね。」
先生が意外なことを言った。
「熱、ありましたか…?」
まさか熱まであると思わなかった。
「少しだけね。寝てたらすぐに楽になると思うわよ。あと5時間目も20分ぐらいあるし、もう少し寝ていてもいいわよ。」
「…じゃあ、そうします。」
私は先生の言葉に素直に甘えることにした。
先生が何かの作業に取り掛かると、寝不足で少し疲れていた私は、再び瞼を閉じた。

次に目を覚ましたときは掃除の時間だった。
…私、6時間目の間ずっと寝てたのか…。
そう思いながら体を起こすと、頭下にメモがあった。

【あんなー◎】
【大丈夫ですかー??】
【2回来たんだけど、2回とも寝てました Zz】
【次は放課後来るね~ b*】
【お大事にだよー!】
【ばーい、みさき and ゆうな☆*】

美咲と優奈、2回も来てくれてたんだ。

「 …せんせー ? 」
私はなんとなく呼びかけた。
応答がなかったので、私はベッドから降りて保健室をぐるりと回った。

どうやら病院に行ってるみたいだ。

頭がボーっとする。
…熱、上がってる…?
私は体温計を探した。


ガラガラガラ


「…先生…?」
少し重い頭で振り返ると、そこにいたのは水城だった。

「あれ、水城…? せんせーは? あ、病院に行ってるのか。ははは。」
正直、立ってるのツライ。
汗が冷めてきて寒い。
自分がなんで笑ったのかも分からない。
「篠崎、顔、真っ赤。」
私の姿を見て心配そうにそう言った。
「え、大丈夫。」
「とにかく、座れ。てか、寝とけ。」
水城は私の「大丈夫」を無視してベッドを指差した。

あれ、私なんだ立ってたんだっけ…。
そうだ、体温計…。
「体温計…。」
私が呟くと、先生の机から体温計を取ってきてくれた。
「ほら、熱測れ。」
私はうなずくと、ベッドにうずくまって熱を測った。

少しの沈黙は水城の一言で破かれた。
「えと、」
「ん?」
「ごめん。」
水城らしくない。
いきなり謝ってきた。
「何が…?」
「ぶつかって。」
水城はとても気まずそうにそう言った。
なんだ、水城だったんだ。
「大丈夫。お陰で寝不足解消だよ!」
私は心配かけないように、明るく振舞った。

「こういう時は、明るく振舞わなくていいから。」
多分、今の水城は怒ってた。
「…ごめん。」
私は布団で顔を隠して謝った。
「いや、怒ってるんじゃなくて…」
私が怒っていると思っていることを察したのかもしれない。
「もっと自分を大事にしろよ…」
俯いて水城の表情はあまり見えなかった。
けど、心配してくれていることはよく分かった。
「普通、弱い自分とか人に見せたくないでしょ…?」
「は? なんで?」
私の予想外の言葉に水城は驚いて顔を上げた。

「だって、私=明るいだし、弱み掴まれるみたいで悔しくてさ。」
私は布団から顔を半分出してあはは、と笑った。

弱い自分を見せてしまうと、美咲や優奈、周りの人に心配かけてしまう。
私のことでいちいち心配してほしくない。
私のことで暗くなっていく顔を見たくない。
どうせなら私のことで笑ってほしい。
笑顔になってほしい。

「―別にさ、辛い時は誰かに頼っていーと思うけど?」
「え…?」
思いがけない水城の言葉。
「今はいないけど、宇山(美咲)とか、東(優奈)とか、仲良いだろ? 頼ればいーじゃん。」
「…うん。」
2人に頼ってしまっても、迷惑かけないだろうか。
困る顔、暗い顔は見たくないよ。

「…もし、困ったことがあって、美咲や優奈に相談したら、2人は困らないかな? 私が弱いとことか見せると、2人は悲しくなったり、暗くなったりしないかな。迷惑かけないかな。」
「…俺が知ってる宇山と東なら、心配はするとおもうけど、喜ぶと思うけど?」
……喜ぶ?
「なんで…?」
「弱い自分を見せれるって、相談できるって、それぐらい頼りにしてるってことだろ。信頼してるってことだろ? そう思えば俺だって嬉しいけどな。自分の好きな奴等から頼られるってすごい嬉しいことだと思うぞ?」
「……。」
「それに、」
「それに?」
「やっぱり、心配だってすると思うけど、それはやっぱ相手の思ってのことだろ? 迷惑かけたと思ったら後でお礼でもなんでもすればいいじゃんか。」

普段じゃ絶対見れない。
今だから見れる水城の真剣な顔。
今だから聞ける水城の思ってること。

「それにさ、今は俺いるし。別に頼ってくれてもいいけど?」
「……。」

ずるい。
どういうつもりで言ってんだろ。
どうせ大した意味はないんだろうけど、それでも嬉しい。
普段意地悪なくせに…。

私がそう思いながら黙っていると、水城が口を開いた。

「あのさ、勘違いしてないならいいんだけど、こういうときに愛想悪くするほど性格悪いつもり無いから。」
「あ、うん…。」
ばれてた…。
「今、ばれてた、って思っただろ。」
さっきの真剣な顔はどこにいったのか。
水城の顔は笑顔そのものだった。
「へっ?!」
「篠崎って、感情顔に出すぎ。」

感情顔に出すぎって、もしかして好きっていうのもバレバレ?!
ってか、顔絶対赤い。熱い。
ばれる。

「そ、そんなことない。」
私は顔が赤いのがばれないようにそっぽを向いた。
この時間ずっと続かないかな…?

「…、篠崎さ、熱上がってない…?」
今日の水城の表情はよく変わる。
今度は心配そうな顔。
「え。」

そういえば、さっきより熱い気がするけど、それって、この状況のせいじゃなかったの…?

「はい、もう一回体温計。」
私は水城が差し出してくれた体温計を素直に受け取った。
「…ありがと。」

「……。」
「……。」

熱を測っている間の沈黙。
こういうときって何か話した方がいいのかな…?
いや、でも、うざがられるかな…。

ピピピピピ

保健室中に体温計の音が鳴り響いた。

「どう?」

「…えっと…、さ、さんじゅうななど、ごぶ。」
「嘘つけ。そんな体温だったら、そんな顔赤くなんねーから。 」
そう言うと水城は私の手元から体温計を奪った。

温度の表示を見ると、水城は溜息をついた。
「はい。38.5℃ね。」
返す言葉もない。
微熱どころか高熱じゃないか。
この状況のせいだ。

「俺のせいだな、ごめん。」
「そんなことないよ!」
本当に水城は悪くない。
ただ謝りに来てくれただけ。
それをこんなに長時間着き合わせたのは私。
悪いのは私だから。
水城に謝られるのはつらい……。
「いや、俺いたら、篠崎起きてるだろ?」
起きてる。
私は何も言い返せずにいた。

「じゃ、悪化すると駄目だし、俺戻るわ。」

楽しい時間が、終わる――…

そう思うと、不意に涙が出てきた。

きっと、熱のせいもあったと思う。
感情のコントロールがきかない。
あやふやだ。

「え、どっか痛い? それとも、そんなにしんどい…?」
急に泣き出した私に驚いて水城が慌てる。
「…違う。」
本当に違う。痛くもしんどくもない。
ただ悲しいだけ。
「水、とかいる…?」
泣き止まない私をどうにか泣き止まそうと水城が提案する。

私は首を振った。
水をもらったって泣き止まない。
その優しさでまた涙が溢れてしまう。

「あのさ、今、先生居ないし、何かできるの俺しかいないからさ、なんでも言って。第一、ここで寝てるのも俺原因だしさ。」
水城は責任を感じてるのかもしれない。
「倒れたのは、私のせいだから…。」
水城のことで頭がいっぱいになって、ただ話たくて、話題を考えて、一睡もできなかった私が悪い。
「じゃあ、何か要望ないの?」

「……、ここに居て欲しい。」

「え?」

言ってから気づいた。

今、かなり大胆なこと言わなかった…?
熱のせい…?

水城に引かれた…。

「いや、やっぱごめん。なんでもない。熱出るとへんなこと言っちゃうね。ほんと今の嘘。違う。要望ね、じゃあ…」
「わかった。」
え?
私が弁解する前に水城が言った。
わかった? て、え、じゃあ、え……?
「ま、風邪んときって心細いし。」
仕方ないな、そんな風に言った。
「え、え。」
最初に言い出したのは私のくせに、状況が飲み込めずにいた。
「寝るまでな。」
「え。」
「寝ろ。早く寝ろ。」
気のせいかもしれないけど、少し照れているように見えた。
「は、はぃ…。」
私は再び布団を頭まで被った。
「寝たら、速攻帰るから。」
その声はまた無愛想で、とても愛しかった。
「なんか、ごめん。ありがとう。」
私は布団の中でお礼を言った。
今は顔を見られたくない。
すごくにやけてる。
「別に…。」
声は無愛想なままだった。

「―なんだかんだ優しいよな……」

私は心の中で呟いたつもりなんだけど、声に出てたらしい。
でも、それを言い終えるのと同時に私は眠りに落ちていった。

「そんなに、優しくないっつーの。ばーか。」

水城は、寝たのを確認すると、頭下に冷却シートと水と体温計を置くと保健室を後にした。


次に目が覚めると、もう水城の姿はなく、美咲と優奈が私の荷物を持って来てくれていた。
「大丈夫?」
「大丈夫、ありがとう優奈」
「ところで、これどうしたの?」

美咲が私の頭下を指差した。

「…え?」

水と冷却シートと体温計。
それと、美咲達が残してくれたメモ。
それには、メモには水城の文字も混ざってた。

【ぶつかって、ごめんでした。】

“ごめんでした”って、日本語…。
…笑いと同時に涙出てくる。


「安奈?」
「大丈夫?」
美咲と優奈はまだ私の体調が悪いのかと思って心配そうに私の顔を見る。
「あはは、大丈夫! 熱も下がった!」
私は元気に振舞った。
強がりなんかじゃない。本当に元気だから。

「水城くんも来てたでしょ?」
優奈が唐突にそう言った。

「え? なんで知って…」
驚いて声が詰まる。
「いやいや、めっちゃ心配してましたしね。」
「てか、男子にもからかわれててね~、『わっる~』ってね。」
「で、どっか行ってたから、多分ここかなー、って」
美咲と優奈はとても楽しそうだ。

「うん。水城、優しい。」
本当に優しい。
この数日前までの私達の関係から、どれぐらい進化しただろう。
この短期間で仲良くなれた。

私がそう言うと、美咲と安奈はキョトンとした顔で互いの顔を見合わせた。
「ま、よかったじゃんか。」
美咲が笑顔でそう言った。