翌日…


「早く片付けろ――っ!!」
今日は先生の機嫌が悪い。
クラスの男子が先生の授業をサボったから。
いつもは割と穏和な先生なんだけど、受験前でもあるわけだから今回はとても怒っていた。

「まだ、牛乳飲めてないんだけど…」
今日の給食のスパゲティを食べながら、私は机に置かれた牛乳に目をやった。

「杏奈、今日は諦めなよ……。先生、お怒りのようですし……。」
先生は怒るとすごく短気だ。
だから誰も逆らわない。
授業をさぼった男子も大人しくなっていた。
「…うん。」
私は少しためらったけど、先生の怒った声を聞くと逆らえない。
美咲の言葉に素直に頷いて給食を片付けることにした。

「ごめんなさい、牛乳さん。昨日も今日も…。」
私は心の中で牛乳に謝ると牛乳ケースに手を伸ばした。
そして気付いた。

……今日牛乳残しているの私だけじゃん…。
いつも2,3個残してるのになんで…。
全員が牛乳残さない日、先生記録してるのに…。
先生に悪いことしたな…。

あとは、ストローっと。
まさか2日続けて残すとは思ってもなかったな。

「……。」
今日もいる。
まあ、学校に来ているのだからいるのは当たり前。
そう言うことを言っているんじゃない。
ストロー入れの前で寝ている。
今日も。
なんで。
でも、今日の私はかわいくするんだ。
昨日の反省をして…!

「あの、水城…。ストロー入れ取りたいんだけど…」
私は、寝ている水城に差し支えないよう、あまり大きすぎない声で声をかけた。

「……。」
返事がない。
今度は完全に起こすつもりで声をかけようと思い、水城の顔を覗き込んだ。
――起きてるし…。

「言ったら退くって、昨日言ったよね。」
あ~!!
かわいくない!!
言った言葉はもう戻せない。
ぜんぜん昨日の反省できてない!
「嫌。」
当然水城だって、私の言うことを聞くわけが無く。
私の口からは、更にかわいくない言葉が炸裂した。
「ほらっ、やっぱり退かないじゃん! 嘘つきか!」
待って私、嘘つきは絶対言い過ぎたって!
心の中の私が叫ぶ。
もう遅い。
言ってしまった言葉は戻らないから…。

「あーもう、声デカイ。」
水城は耳を塞ぐようなジェスチャーをした。
「とにかく退いてよ。」
もう葛藤に疲れた私は
水城を睨むことしかできなかった。
心の中の私はため息をついている。
かわいくないかわいくないかわいくない……

私が自分に呆れてもう砂になりそうになっていたとき
「いいよ、俺やる。」

「へ? なんて…?」
思いがけない言葉が聞こえた。
今のって水城の言葉…?
「片付けてやるって。」
だるそうに、私のストローに手を伸ばしながら水城がそう言った。

「いや、ぇと、でも…」
思いもよらなかった出来事に私の頭が混乱している。
その隙に水城は私の手からストローを奪った。

「どうせ、届かないだろ。それに、あそこで待ってるんじゃないの?」
水城がストローをドアの方に向けた。
私もつられてドアの方を向く。

そこには、美咲と優奈が私の分の歯磨きセットも持って待っていた。


「ホントだ…。」
水城とのやり取りで夢中になって全然2人のこと気にしてなかった…。
「さっさと行って来いよ。」
水城がストローをくるくると回す。
「あ、うん。ありがとうっ。」
私はぺこりと頭をさげた。
「はいはい。」
水城はストローをくるくると回しながら私に顔を向けることなくそう言った。

ほら、優しい。
意外と周り、ちゃんと見てる。

「杏奈さん、顔赤いですよ。」
美咲がニコニコしながらからかってくる。
「うん…。」
照れすぎて何も言い返すことができない。
「お話できてよかったですね」
優奈までもからかってくる…。
「うん…。」
2人にからかわれて、水城の意外な優しさをもらって、私はうん、以外に返す言葉が思いつかなかった。

あー、
また“好き”が増えた。
どーするんだよ…。

帰宅後、私は部屋の中でそんなことを考えながら、ベッドの上で枕をボフボフと叩いた。

あーあ。
流石に3日連続で牛乳残すのは勿体無いよね…。
っていうか、こんな私欲の為に牛乳残すのも駄目だよね。
明日は残さない。

でも、そしたらもう話す機会ないよね…。
ほんと、自分からじゃあ話しかけることもできない。

誰かチャンス与えてくれないかな――?
…神頼みとか、意気地なしの私のばか。



「――杏奈おはよ…、て、寝不足…?」
どうやって話しようか、何の話題なら違和感ないか、水城と話する為の策を考えていたら一睡もすることができなかった。

美咲と優奈が私の顔を心配そうに覗き込む。
「え、杏奈大丈夫…?」
「…大丈夫です。」
私は手をひらひらと振って答えた。

学校についてからも、朝の読書の時間もずっと同じ事を考えていた。

考えるのに飽きて気分転換に教室を見回したとき、ある事に気付いた。

よく見てみると、水城がいない…。
まだ来ていないだけなのかな…。

私がショックを受けていると、朝のSHRが始まった。

「みんな、よくやった!」

昨日の面影は全くない。
先生は何やらご機嫌だ。
「昨日! なんと! 2週間ぶりに牛乳残量0だった!」
先生がパンパカパーンと、効果音をつけた。

え、私昨日牛乳残したんだけど…?

わたしはSHRが終わった後、美咲と優奈と一緒に先生の元へ行った。
「先生、昨日本当に残量0だったんですか?」
私は戸惑っていた。
「なんだ? 本当だぞ? 牛乳BOXの中身、空っぽだったからな! 」
先生はとても誇らしそうだった。

「はぁ…。」
私達が納得いかず顔を見合わせていると、教室から誰か入ってきた。

――水城だ。

「おーい、水城ー! 遅刻だぞー! 」
「すいません…。」
先生が声をかけると水城は申し訳なさそうに謝った。

水城が席に着くと、男子が群がった。
「おまえ、なんで遅刻したんだよー!」
「あ、分かった! 腹痛だろっ!」
「あー!! お前昨日牛乳2本飲んだもんなー! 」
「お前のお陰か分かんないけど、
昨日残量0だったらしいぜっ! 」
水城を取り囲んでわいわい騒いでる男子の声を聞いて、私達は再び顔を見合わせた。

もしかして、水城が飲んでくれたの――…?

「杏奈、もしかして…」
「水城くんが飲んでくれたんじゃないの?? 」
美咲と優奈がビックリした様に、少し私を茶化すようにそう言った。

「…わかんない。聞いてみる! 」
わかんないなんて言いながら、水城のはずだって確信していた。
だってアイツ、根は優しいんだ。
昨日私が牛乳残したのを知ってるのは美咲と優奈を除くと水城だけだ。

―水城にお礼を言わなきゃ。
今日、話す用事ができた !