少し街外れに建てられた校舎。
いろんなところから、いい匂いが溢れている。
そんなお昼時。

ここは、3年2組の教室。


給食の終わりのあいさつが響き渡る。

あいさつを終えて給食を片付ける人、まだ食べている人、他のクラスから遊びに来た人。

教室はそんな人達で溢れかえっていた。

ちなみに、私はと言うと―


「杏奈ー、まだ迷ってんの~?」

美咲に声をかけられた私は、牛乳を飲むか、飲まないか、とても悩んでいた。
もう10分経ったって言っても過言ではない。

「だって、飲まないともったいないし…、でも……」
私は手に握られた牛乳を見ながら言う。
「でも?」
でも、と言う私の言葉に美咲が呆れながら問いかける。

私は牛乳が好き。
なんでって言われれば解らないけど、昔から飲んでるし、それに何より栄養満点カルシウムたっぷり!
正直、牛乳が嫌いって言う人の気持ちは一生解らないと思うぐらいには牛乳が好き。
でも…
「お腹痛い。」

そう、4時間目の途中ぐらいからどうもお腹の調子があまりよくない。
普段もあまりお腹が痛くなることは少ないし、昨日今日振り返ってみても、
何かお腹に差し支えするような物を食べた記憶はない。
もしかしたら冷えたのかもしれない。

「お腹痛いのなら飲まない方がいいって」
怖い顔で美咲がそう言った。

「あうあうあう~…」
…飲みたかった。
でも、これ以上お腹の調子が悪くなるのは嬉しくない。
次の授業は体育だから、もし、ここでもっとお腹を壊して見学なんてことになるとそれは絶対退屈だから嫌だ!

「はい、もう片付けよっ!」
そう言うと、美咲は給食を片しに行った。

仕方がない。
今日は残させてもらいます。
ごめんなさい、牛乳さん。
明日以降は健康に気を使ってお腹壊さずに毎日飲もうと思います。

「ごめんなさいぃぃぃ~」

ちょっとおおげさにそう言いながら、牛乳をカゴの中に入れた。


さ、あとは残ったストロー片付けないと…

私はストローケースのある棚のほうへ振り向いた。
「……。」

邪魔だなぁ……。
ストロー入れ取れないし……。

ストロー入れが置いてある棚の前、先生用の机と椅子。

その椅子に座っていて寝ている人物。
―――水城(みずき)……。

うん、正直困ってる。
なぜかって言うと、水城の事が好きだから。
でも、ドキドキして困るって言うのとは、また別のもので……。
まあ、確かに好きだから困るっていうのもある。
でもコイツ、とにかく人のいう事聞かない!!
しかも目つき怖い !
そして何より、話しかけづらい…。

じゃあなんで好きになったか、っていうと、普段見せないような意外に優しいところもあったりする、から。

―今はそんなことどうでもいいけど、
とにかくのいて欲しい。

いや、でも、
寝てるしな…。

さすがに寝てるところを起こすのは悪いと思ったから、先に食器を片付けて水城が起きるのを待つことにしてみた。

―やっぱ、この短時間で起きるわけないか。

仕方ない。
ここは頑張って自分の力で取るしかない。

ストロー入れは棚の上から2段目にある。
周りのみんなは届くんだけど、私は周りと比べると身長が少し低い。
いつもはストロー入れに縁なんてなかったから、取ろうと思ったことも無かったし、仮に取る機会があっても大抵給食前で、誰かが寝ているなんてことは無かったからイスに上がって取っていた。
でも、今回はそのイスも使えそうにない。

「ん~…」
私は仕方なく背伸びをしてストロー入れをとろうとした。

「よしっ!!」
私の手がちょうどストロー入れに触れた瞬間、

バサバサーッ、ガンっ!!!

水城に数十本のストローとストロー入れが落下した。
さすがにこれには水城も目を覚ました。
むしろ、これで起きない人はいないと思う…


「いった…」
うん、怒ってる。確実に。
こんな起こされ方、私でも怒る自信がある。

「ごめんっ!! すぐ拾う!!」
私は大きな声で水城に謝ると、落下して散らばったストローとストロー入れを大急ぎで片付けた。

「何? ストロー片付けたかったのかよ?」
散らばったストローを拾う私に
不機嫌そうな声で。
「…うん。」
私はちらっと水城の顔を見て答えた。
「言ったら、退いたのに。」

…いや、退かない。
水城は絶対ガン無視する。
そもそもあの時声をかけても絶対水城は起きないと思う。

「絶対退かないくせに…」
思ったことがそのまま声に出てしまった。

「は? 退くし。」
私は水城の顔を見なかった。
声だけでわかる。
すごく不機嫌だ。
「のかない、水城は絶対のかない。」
不機嫌なことを分かっていても、私の口からは更に水城を不機嫌にさせるような言葉が飛び出てきた。
でもこれが、今の私の本心だ。
好きとか嫌いとか関係ない。
水城っていう人間は、ここでは絶対のいたりしない。

「あー、もううるせーな。さっさと片付けてどっかいけ。昼寝の邪魔しやがって。」
水城の怒りは頂点に達したに違いない。
私だって水城の立場ならカンカンに怒ってるはずだもん。
でも、さすがに昼寝の邪魔して悪いな、とは思った。

「すみませんでしたーっ!」
私はそう言うと、逃げるようにして美咲の元へ戻っていった。

「…はぁ、何してるんだろ…。」
せっかく話できたのに…。
心の底からかわいくなかったさっきの自分。
私が男でも絶対さっきみたいな私のような女は嫌だ。

「美咲ぃー」
私は嘆くようにして美咲の名前を呼んだ。
「はいはい。」
美咲はぽんぽん、と私の頭を撫でてくれた。
「私、かわいくない。」
さっきの態度は少し反省。
「もうちょっと素直になってみなって。」
励ますように私にアドバイスをくれた。
「うー…、き、極力頑張る…」
もうすこし、水城の隣で素直な自分になれますように。
私は心の中でそう願った。