そんな現実がいらないものとして処理されてしまいそうになる。


俺はその日、立ち上がり体の向きをかえて薫子を抱きしめていた。


ほとんど無意識の行動だ。


今まで理性が抑えていた行動が、あまりにも抵抗なく行われる。


抱きしめた腕に力を込める。


薫子が俺の背中に腕を回して抱きしめ返す。


「君のことは俺が守る……絶対に手放さない」


自然とそんな言葉が出て来た。


薫子が「嬉しい」と、囁くような声で言う。


抱きしめあったまま、互いは別々の方を向いている。


だから俺は気が付かなかったんだ。


薫子が冷たい表情でほほ笑んだことを。