奇病患者特別治療施設

今日は隼人兄さんと遊ぶのは12:30から、中庭に。



さりは足が動かないから、いつも隼人兄さんが迎えに来てくれるんだけど…



「遅いなぁ、隼人兄さん。」



時刻は午後12:45、隼人兄さんが今まで時間に遅れたことなんて一度もない。


「まっ、まさか!!なんかあったのかな!?助けなきゃ…!」


1人で車椅子くらい乗れる!

隼人兄さんがピンチなんだ、急がないと!


ベッドの上から車椅子を引き寄せ、急いで乗り移る。

待ってて兄さん!今さりが行くよ!



そう心の中で呟いて、病室を出て、隣の隣の隣の部屋、103号室まで向かう。


腕が、疲れた。




「ここだ…」


実は今まで隼人兄さんの部屋に入ったことは無かった。

少し、ためらう、けど。


ひんやりと冷たくなった鉄の取っ手を握ったその時。









「…っ!ひっ、、っく、っぁあっ…」




兄さん泣いてる?



病室の引き戸をガラッと勢いよくあけ、中に飛び込むように入った。


その部屋は1人部屋にしては広すぎるくらいで、ベッドに突っ伏している兄さんはすごく小さく見えた。


「兄さんっ!どうしたの!?なんで、泣いてるの?」



ビクッと兄さんが震えて、怯えた表情で振り向いた。

「さ、り」

「隼人兄さん、大丈夫よ。ここにはさり以外いないからね」

「そう、か。」


涙を拭って、

「沙梨、ごめんな。時間守れなくて。ちょっと兄さん体調悪いんだ、今日は蓮か竜司と遊びな。」

「わ、わかった…大丈夫?」

「大丈夫!へっちゃらだ。」

「良かった!」


兄さん、大丈夫だって、嘘でしょ。


笑えてないよ、くまもできてるよ、目がすごい腫れてるよ


耐えきれない。

こんな兄さんは痛々しくて直視できなかった。


言われた通り車椅子の向きを変えてドアを開ける。


「沙梨!」

「何?兄さん?」

「沙梨…お前は、生きろよ。」

「え、」

「じゃあな!また明日、遊ぼうな…」


兄さんはさりの車椅子を強引におして、病室から追い出されるようにだされた。



「どーいう、こと?」


ゆっくり、向きを変えて、1番奥にある病室を目指して疲れた腕を動かした。





後ろから蓮の笑い声が聞こえてくる。

御構い無しに進み、209号室、紅葉の部屋のドアをノックした。





「どうぞ。」





女の子のさりでも思う。

紅葉はすごく綺麗だ、それに透き通った声。

隼人兄さんは、紅葉のことが好きなのだろうか…



「紅葉、さりよ。入るね。」


ゆっくりドアを開けると、相変わらず外の景色を眺める彼女がいた。


「どうしたの、沙梨。珍しいじゃない、隼人さんは?」


「ねぇ、紅葉。」

「何?」

「聞きたいことがあるの、いい?」

「えぇ、良いわよ」

「隼人兄さんが泣いてた。」


そう言った瞬間、紅葉の優しげな顔が一気に青ざめた。


「でね、どうしたのって言ったら、大丈夫だって。」

「そう、他に何か言ってた?」

「さりが帰るときに、お前は生きろよって。」

「そうなの。」

「紅葉教えて、さりには意味がわからない。何で兄さんは泣いてたの?何で兄さんはさりに生きろって言ったの!?」

「落ち着いて、沙梨!」

「ねぇ答えてよ!!」


さりの小さな体はもう息を切らしてる。
車椅子がきしむ。


「お願いよ、紅葉。貴方にしか聞けない。ねぇ教えてよ!!隼人兄さんは死ぬの?」


「沙梨、どうしても知りたい?」

「そりゃそうだよ。」


「わかった。貴女ももう10歳だものね。」

「うん」

「沙梨、よく聞きなさい。隼人さんは今何歳かしら?」

「18歳、でしょ?」

「そうね、18歳よ。じゃあ20歳まであと何年かわかる?」

「兄さんは明後日誕生日だから、あと約1年?」

「うん。あのね、沙梨。私たちのような奇病を患う者は…20歳までにこの病気を治さないと、もう治らない。」

「治らなかったら、どうなるの?」

「…20歳を越えて、20年しないうちに死ぬのよ。」

「え?ってことは、」

「隼人さんはあと1年しか猶予がない」

「そんな!!私はまだ兄さんと遊びたい!!」

「それは皆一緒よ。しかも20歳を越えたらこの病院からは退院しなくてはならない。勿論残ることも可能だけど、外の世界を味わいたい人ばかりじゃないかな?だから余計遊べない。」

「だから、兄さんは、死ぬのが嫌で泣いてたの?」

「きっとそうよ。」

「だ、大丈夫、きっと助かる。」

「何故言い切れるの?貴女も下手したら同じ人生を辿るのよ。今まで助かった人は殆どいないわ。」

「大丈夫!だって匠さんがきたじゃん!」

「あの人にだって何もできない。きっとまた、逃げる。」

「さりは、匠さんならできる気がする。」

「もう、わかったわ。でも、射手島さんにはなるべく頼らずに、私たちだけで隼人さんを救おう?」

「う、うん。わかった。」



帰り、エントランスのベンチに座って頭を抱える匠さんを見た。



さりは足が悪いから、エントランスに行ったことは、ここにきたあの日しか無い。


隼人兄さんも、外に出たいのかな?

自由に、生きていたいのかな?