昨日は頭の休まる暇がなかった。思わぬところで繋がった二つの事実。今確かめるべきは柚子の家に怪文書を送った犯人だ。ただの悪戯にしては意味が無さすぎる。何か有力な情報を得ようと思ったが、何を探れば有力な情報が得られるのか見当もつかなかった。竜希が拾った財布には現金と免許証類のみ。飯島家に届いた手紙にも手掛かりはなかった。メモに状況を書いて考えを整理するも新たな事実は浮かばない。今日は土曜日。部活にも所属していない優真にとっては心置きなく一日考えることに没頭する‥‥はずだった。ドアをノックする音が響いた。
「兄貴、今平気?」
声の主は二つ下の弟、谷村凌真だった。
「お前受験勉強しなくていいのか。もう少しで受験だろ」
そう、今は受験シーズン。中学三年の亮真は本腰の入れ時だった。
「少し休憩。それよりさ、柚子さんとどうなの?上手くいってる?」
亮真は柚子と面識がある。一度忘れ物を届けてもらったときに世話になったみたいだ。問題はそのあと。美人の先輩と談笑する姿の兄を見た亮真はことあるごとに囃し立ててくる。無論、優真は柚子に恋愛感情を抱いたことはなかった。
「別に何もないよ。この掛け合い何回目だ」
そう言って優真は笑った。
「まあその柚子さんの家の前通りかかったらさ、怪しいおっさんが柚子さんのポストに手紙入れてたんだよ。一応知らせとこうかなって」
‥‥まさかこんなところから有力な情報を得られるとは。
「その男の格好は?」
「俺が見たときは……あ、口で説明するより写真あるよ。怪しかったから撮っておいた」
そう言って亮真は携帯を差し出した。写真に写っていた男は特に変装をしていることもなく、会社帰りのついでに手紙を出した‥‥.、そういった印象を受けた。服装は真っ白なワイシャツに黒のスーツ、青みがかかったネクタイという普通のサラリーマンといった感じだった。頭は若干禿げ上がっていて、ふっくらと膨らんだ頬が特徴的だった。‥‥デジャヴと言うのだろうか、この感覚は、昨日の財布の件と同じように、記憶の片隅に引っ掛かる何かがある。‥‥バイトの最中、店内を酔っ払いながら歩いていた人だ。まさかあのときにも柚子を監視していたというのか。だが、優真の記憶のつっかえは取れてなかった。まだ別の場所で見ていたのだろうか。そのつっかえの正体は判らないままだった。しかし予想以上に柚子の近くまで迫っていたことに改めて恐怖を感じた。優真は柚子のもとへ向かおうとした。引き留めようとする亮真を無視して。後ろで「内緒の話があったのに」と拗ねたような声が聞こえた。内緒話もときには味方だ。優真は今まで恨んできた対象に始めて感謝した。