珍しく東京に雪が降り積もった一月二十日。子供達の雪合戦の様子を眺めながら谷村優真は玄関の扉を閉めた。道路の端には雪だるまもあった。これだけの雪の量、電車はまともに機能しているだろうか……。そんな不安を抱えつつ優真は駅へと歩き出した。
幸い、雪が激しかったのは優真の自宅を中心とする地域だけで電車は普段通り運行していた。満員状態で席が一つも開いていないのも普段通りだった。
次は、町田、町田……。駅員のアナウンスが響く中、優真は中年のサラリーマンと思わしき人間が席をたち、席が一つ開いたのを見つけた。しかし、何故か誰もその席に座らない。大学生も、主婦も、女子高生も、周囲の人間が汚いものを見るような目でその席を見ていた。目を凝らすと、その座席に缶ビールと煙草が置いてあった。マナーの悪い人もいるものだ。ドアが開き、呆れた気持ちで優真は電車から降りた。
品川駅から数分歩いたところに浦和高等学校はあった。
教室に入ると、友人の三上竜希の姿が目に留まる。優真の顔を見るなりこちらに駆けてきた。
「優真、ちょっといいか?話があるんだけどよ、誰にも言うなよ」
珍しく内緒話を振られた。口が軽いという訳ではないが、今まで内緒話を振られるということは滅多になかった。
「この前さ、財布が落ちてたんだよ。バイトも給料日前で金欠だったからつい……」
「中身盗んだのかよ」
溜め息が出そうだ。先程の電車の中でのことといい、もう少し常識を持っても良いのではないだろうか。もっとも遊びたい盛りの高校生だったら、いや、経済悪化に苦しむ現代人なら仕方がないかもしれない。
「で、その財布に免許証とか入っててさすがにこれは持ち主に戻した方が良いよな?」
「中身の金も戻した方が良いけどな‥‥竜希のことだからどうせ使っちゃったんだろ」
「ご名答、さすが優真君」
茶化すように竜希が言った。お前と一週間でも一緒にいればすぐ予想できる、優真はそう言おうとした口をなんとか抑えた。
「確かに個人情報類だけ交番に届けたらネコババしたことがバレるな……。いっそのこと逮捕されて頭冷やしてこいよ」
「馬鹿、就職に響くだろ。だからお前に届けてほしいんだ」
「馬鹿、就職に響くだろ」
優真は竜希の口調をそっくりに真似て言った。