あれからどれくらいの月日が流れただろう。
谷の事件も、記憶の片隅に追いやられるほどの時間が流れた。
もちろん、忘れたわけじゃないし、時折皆の事を思い出す。
小谷実香の指は木箱に入ったまま、我が家の神棚に祀られている。
彼女が助けてくれなければ、俺は哲也の親父さんに殴り殺されていただろう。
今思えば、あの時は死ぬつもりでいたけど、死ななくて良かった。
「ただいま」
あの儀式から10年後、俺は由奈と結婚した。
子供は二人、大学生と高校生の女の子。
良いおっさんになった俺が、家に帰る頃には二人とも寝ているのだが。
今日は何か様子が変だな。
いつもなら由奈が待っていてくれて、玄関に電気が点いているはずなのに、今日は家の中にが真っ暗だ。
「誰もいないのか?由奈?」
リビングに入っても、明かり一つ点いていない。
不思議に思って部屋の電気のスイッチを入れようと手を伸ばし、スイッチを押した時……俺は見てしまった。
床に、壁に、大量の血が飛び散っていて……忘れもしない、あの黒く死の象徴のような化け物が部屋の奥に立っていたのだ。
麻里絵の肉を食っていない俺や由奈はもちろん、子供達はこの化け物に対して全くの無防備。
どうしてこんな大切な事を忘れていたんだ。
今年は、前回から数えて33年目。
伸ばされる手をただ見詰めて、俺は……。
その化け物に食われた。
死ぬ瞬間に、麻里絵に抱き締められているような感覚に包まれながら。
end



