食人姫

なんだ……あれは。


声を出そうとしたけれど、あまりにありえない場所にいるその人影に、口を動かすだけで声が出ない。


俺は……今すぐにでも逃げ出したいという衝動に駆られ、Tシャツを掴む由奈の手を取って震える足を前に出そうとした。


その瞬間。















「オオオオオオオオ……」














と、地の底から響いて来るかのような低い声と共に、人影は体勢を低く、水面を滑るようにこちらに向かって来たのだ。


「ひっ!」


逃げる事なんて出来なかった。


俺達を逃さないと言わんばかりの急接近。


そして……大きく腕を広げるように立ちはだかった謎の人影は、苦しそうに声を発したのだ。











「アアア……ニクイ……コノチノモノガ……」











「い、い、いやああああっ!!何よこれ!何なのよ!!」


ガタガタと震えていた由奈が、絞り出したような悲鳴を上げた。


俺は……情けない事に、一歩も動けずに由奈の腕をグッと握り締めるだけ。


蛇に睨まれた蛙はこんな気持ちなのだろうか……なんて、諦めが半分でただ震える事しか出来なかった。