私が幼い頃、母親が一つひとつ大切そうに食べていた高級そうなチョコレート。
それは私にとって、すぐそばにあるのに、決して手の届かないものだった。
やはり、手に入らないものは良く見えるのだろうか?可愛らしい小箱に入ったそのチョコレートはどれもキラキラと輝いて、まるで宝石のようだった。
でも、ある日、一度だけその宝石箱に手が届きそうな時があった。
願ってもないチャンス。
悪いこととは分かっていても、欲望が理性を黒く染める。
伸ばした小さな手は、思いのほか呆気なく目的物へたどり着いた。
もう後戻りはできなかった。
欲のままに箱のふたを開ける。
そこに並ぶ宝石たちが魅力的な香りと共に私を誘う。
かすかに震える手で、一番小さな一粒をつかんだ。
一番小さな粒を選んだのは、幼いながらに感じた罪悪感のせい。
恐る恐る、口へ運ぶ。
母親の目を盗んで食べた高級チョコ。
それは口に入れた瞬間、なめらかに溶け、濃厚なベールのような幸福感が口の中を満たした。喉を通った後も、その余韻が口の中を支配する。
その余韻も消えてなくなる頃、新たな欲望が私の中を駆ける。
(また、あの幸福感を味わいたい……。)
それは、麻薬のようだった。
一度はまったら簡単には脱け出せない闇。
深く暗い闇。
そのたった一時の幸福を味わいたくて…。
抑えがたい欲が、私を罪な行動へと突き動かす。
罪悪感を感じながらも、また罪を繰り返す。
罪の後には必ず罰がある。
そんなこともわかっているのに…。
幼く小さな正義では、とうてい太刀打ちできない黒い感情。
それが私の心に住み着いたのは、きっとこの頃からだ…。