彼はパレットの上で絵の具をぐちゃぐちゃと混ぜていた。

薄汚れたエプロンをつけた彼は真剣そのものの表情をしていて。

少し見蕩れてしまう。

私は黙って彼を見守った。

ほんの少し拗ねながら。

「んー。何か、良い色が作れないな」

ぽつり、と小さな呟きが聞こえた。

パレットの上には色が溢れ、それでも彼の求む色はないようで。

キャンパスには彼には申し訳ないけれど私の理解不能な絵が描かれていた。

極彩色で塗り固められた絵にこれ以上追加しようというのか。

私とのデートをすっぽかしたくせに。

少し苛立つ。

「ごめんね、今日は誕生日だったのに」

彼の言葉に驚く。

今まで一度だって記念日を祝ってくれたことがない彼からそんな言葉が聞けるなんて夢にも思っていなかったから。

気付けば彼の目の前のキャンパスにはあの訳のわからない絵はなかった。

代わりに私を描いた絵が。

「ずっと悩んでいたんだ。髪の色をどうしようか、って。ただの黒じゃあつまらないから」

そう言いながら彼が塗った色はただの黒に見えた。

少し首を傾げる。

私の疑問を理解したように彼はパレットを私に見せる。

「この黒はね、全ての色を混ぜたんだ。いつもありがとう。僕の悪いところも良いところも認めてくれる君が大好きです。今日はデートの約束を破ってごめんね?」

最後に私の顔を伺う彼はいつも通りで。

でも、いつもよりもかっこよくて。

「許してあげる」

私はぎゅっと彼を抱き締めた。


end.