記憶堂書店



嗚咽がもれて、微かに小さな声で謝罪が聞こえていた。何度も「ごめん」と。今は亡き、生まれるはずだった我が子への謝罪なのだろう。
あの時、自分がもっと強く意見を言えていたなら。西原を止めていたなら、消さなくてよい命が救えたのに。自分の弱さを詫びているのだ。

「井原さん。今はここまでしか見れません。この過去のあなた方がこのあとどうなったのかはわかりません」

二人は話し合うと言っていた。
もしかしたら子供を産んでいたかもしれないが、話し合った結果、やはり中絶してしまったかもしれない。今はこれ以上は知ることが出来ないのだ。

「はい。それでも、いいんてす。理香子さんの本音を知れて、思い留めることが出来たのですから。きっと、産んでくれたと信じています」

井原は泣きはらした顔をあげた。龍臣と目が合うと、小さく頬笑む。

「この私が歩んだ過去は変えられないのですよね? でも、もうひとつの選ばなかった過去は私が心から望んでいたものでした。それが、今の私の救いです」
「そうですか」

救いとなったのか。それならこれで良かったのだろう。
龍臣は井原に手を差し出し、立ち上がる手伝いをする。

「私はずっと後悔していました。そんな私に西原はさらにイライラを募らせていました。戻ったら、一度西原と話してみようかと思います」
「そうですか」

気の効いたことも言えない龍臣だったが、気遣いは伝わったのか、井原は穏やかな表情を見せて一礼した。

「ありがとうございました」
「いいえ。それでは、戻りましょうか」

井原の笑みを見て、龍臣は指をパチンと鳴らしたのだった。