記憶堂書店



井原が目を開けると、目の前では、先ほどと同じように西原と井原が言い合っていた。
井原の腕を振り払い、一瞥して診察室へ入ろうとする西原。
そこまでは同じだった。
しかし、次の瞬間、井原が意を決したように、開きかけた診察室のドアを押して閉じたのだ。
開きかけた扉はバタンと音を立てて閉まる。
それに西原は目を剥いた。

「ちょっと! 何するのよ!」
「やっぱりだめだ! 理香子さん、産んでください!」
「はぁ!?」

西原は井原の言葉に目を丸くして驚く。
よほど思いがけない言葉だったのだろう。さっきの勢いはどこへ行ったのか、そのまま唖然とした様子で固まってしまった。

「貴女は産みたくないかも知れない。貴女にとっては私の子供なんて欲しくはないと思っているのでしょう。当然だ。こんな冴えない男とたった一晩の過ちで出来た子供なんて、望んでいないし欲しくはないでしょう。人気だって落ちてしまうのは必須だ。それでも……、私はやっぱり産んでほしい!」
「か、勝手なこと言わないで。それについては散々話し合ったじゃない。話し合って、結果降ろすって決めたでしょう!」

西原の声は微かに震えている。怒りではなく戸惑いといった様子だ。

「確かに勝手だ。妊娠や出産で大変な思いをするのはあなただし、何の痛みもない苦しさもない私は貴女から見れば勝手なことを言っている。……子供が産まれたら私が育てます。だから、産んでほしい。その命を消さないでほしい」

井原の剣幕に押されつつも、西原は「なんで……」と聞き返した。

「命だから! 貴女のお腹にはもう命が宿っているから! そして何より、貴女と私の子供だから!」
「そんなこと、今更……」
「結婚してほしいなんて言いません。でも、やっぱりそのお腹の中の子は大切にしたいんです」


井原の必死さに西原はその場にへたりこんだ。