あずみは龍臣の顔を見るとホッとしたように穏やかな笑顔を見せた。

「気分は?」
「すこぶるいいわ」

そう言って龍臣の正面に立つ。
そしてじっと龍臣を見上げて見つめるが、その視線は決して龍臣と絡むことはなかった。

あずみは一瞬だけ悲しそうな顔をするが、すぐに笑顔を作り龍臣の隣に座った。
見慣れた光景だったが、修也はいつもこの瞬間が切なくて好きではなかった。

あずみはこの書店に住み着く幽霊だ。

龍臣曰く、袴姿から明治時代から大正時代の女学生だったのではとのこと。
確かに言われてみればその時代に流行った女学生の服装であった。
服装や振る舞いからそれなりの家柄だったのではと想像する。
あずみは龍臣が書店を継ぐ前からここに居座っていた。地縛霊と呼べなくはないが、別に悪さをするわけでもないし達臣達に害はない。

いつの時代に生まれ、いつ死んで、いつからここに居るのかはあずみもわからないのだという。あずみについて誰も何も知らないが修也には一つだけわかっていることがあった。
それは、あずみが龍臣を好きということ。
もちろん、鈍い龍臣はそのことに気が付いていないのだけれど。

あずみはいつも夕方になると現れ、龍臣が家に帰るまでずっと側についている。
穏やかな微笑みを浮かべて嬉しそうに見つめている。
その姿は誰がどうみても恋する女性のものだった。

しかし、残念なことに龍臣はあずみの声は聞こえても姿を見ることが出来なかった。
気配や存在を感じ、会話はできるが姿だけが見えなかったのである。
そして何故か、霊感があるわけでもない修也にはあずみが普通の人のように見えているのだ。

しかし、龍臣は姿が見えないだけで、あずみが近くにいる遠くにいるなどの存在は感じるようなので特に驚いたり怖がることもない。
龍臣はごく自然に修也と同じようにあずみに接していた。

そんなあずみは頭を抱える修也を他人事のように(そうなのだが)「大変ねぇ」と眺めていた。
その言葉に益々深いため息をついた。

「龍臣君は将来、ここを継ぐって決めていたんだろ。いいよな、そういう人は」

修也がぼやくとカウンターにいた龍臣はチラッと横目で修也を一瞥し、フッと苦笑してボソッと呟いた。