井原はスーツのスラックスズボンをギュッと拳で握りしめた。微かに震えているようにも見える。
「無理に見なくても結構ですよ。そういう選択をした人も今までいらっしゃいました」
記憶の本を求めて来たのに、実際を目の前にすると怖気づいてしまうのか悩んだあげくに本は開かずに帰る人もいる。
そうすると本はいつのまにか自然と消えてしまうのだ。
見るか見ないかは本人の自由だ。龍臣は案内役なだけで、そこは強制はできない。
数十秒待ってから、井原は覚悟をしたように顔を上げた。
「それでもいいです。選ばなかったもう一つの過去がどんななのか、見てみたい」
「わかりました。それでは、こちらをどうぞ」
龍臣はソファーに座る井原に記憶の本を手渡す。井原はその表紙を優しく撫でたあと、ゆっくりと開いた。
「いってらっしゃい。気が済むまで見てくるといい」



