「どういうことよ、井原! 聞いていた話と違うじゃないの!」
「いえ、しかし噂によると確かにここは……」
西原に問い詰められて井原は益々オロオロとしている。やはりどこかしらかの噂を聞いてやって来たようだ。しかも、西原の望みで。
この西原理香子にどんなやり直したいと考える過去があるのかしらないが、本が落ちていない以上、龍臣は本について話すつもりは一切ない。
本は強く求めた人のみが手にできるもの。噂などで我も我もと来られてもいい迷惑だ。
特に、西原が女優ならなおさら影響力はあるのだからさらに余計な噂を立てられては困る。
「何かの間違いではないでしょうか? うちはただの古本屋ですよ」
龍臣は苦笑しながら、入り口の方をサッと手で指す。言外に「お引き取りを」と言っているのだ。
店内をキョロキョロと見回していた二人は気まずそうにおずおずと入り口に体を向けた。
「あの、本当にないのでしょうか?」
井原は諦めきれないように再度聞いてきた。
しかし、いくら聞かれても龍臣は答える気はない。
「ございません」
そう微笑んで言い切って、店の扉を開けた。
ちょうど通りかかった学校帰りの女子高生たちが西原に気がついたらしく、「えっ?」「本物?」と驚いて遠巻きに見ている。
さすがにこれ以上は長居出来ないと思ったのか、西原はさっさと車に乗り込んで行った。
「あの、お騒がせしました」
井原はマネージャーらしく、丁寧に謝罪をした。突然の非礼を詫びているのだろう。
結構礼儀正しい人のようだ。
「いいえ。あの、井原さん?」
龍臣は井原を呼び止めた。後であの音が聞こえたからだ。
「またのお越しを、お待ちしております」
井原にだけ、意味ありげに微笑んだのだ。



