記憶堂書店


しかし、その女優がなぜこんな下町の古本屋に来るのだろうか。
とりあえずは知らない女優でも芸能人が目の前にいるのだから、何かしら反応した方が失礼に当たらないのだろう。
そう思って龍臣は「女優さんでしたか。凄いですね」と少し驚いた様子を見せると、西原はため息をついた。

「あなた、演技は向かなそうね」

龍臣がわざと反応したことを見破られ、呆れた様子だ。そこは素直に謝っておく。

「すみません。えっと、それで女優さんがどうしてこんなところへ?」

こんな下町の商店街。
特別なテレビの撮影でない限り女優さんがうろつくような場所には思えない。かといって、近くで撮影している様子もない。
先日の寄り合いでも、そんな話は出なかった。
つまりは撮影ではなく、プライベートで来たということだろうか。
そうなると、龍臣にはおおよその見当はついていた。
特に、先ほどの井原の言葉を思い出せば尚更だ。こんな所に意味ありげに来る理由なんて一つしかない。

「ここに記憶の本があると聞いたのだけれど」

やはり。
龍臣は表情にこそ出さなかったが、自分の予想通りだと思った。
井原ではない。西原の方が記憶の本を目当てにここに来たのだ。
さて、どうしようかと少しだけ考え、龍臣は営業用の笑顔を見せた。