記憶堂書店




「あなた、私を知らないの?」

赤い口紅をつけたぷっくりとした形の良い唇が不満そうに尖る。
知らないのと言われても……。
こんな美人、知り合いにいただろうか?
女っ気のない龍臣の思い当たる女性にはどれも当てはまらない。
昔の知り合いか? 大学の時とか? それにしても年上のようだし。
龍臣は少し考えた。
よく見ると確かにどこかで見たような気もするが、それがどこなのか、ハッキリと思い出せない。
歳は龍臣より少し上の40代といったところか。
真剣に考える龍臣に、業を煮やしたのか女性は「嘘でしょ?」と信じられないとでも言うように更に不快そうな表情を作った。
女性の反応に、井原は慌てて鞄から名刺を取り出す。

「あの、こちらは、女優の西原里佳子さんです。私はそのマネージャーで井原と申します」
「女優さん……、ああ!」

そういえばこの前駅前の化粧品のポスターで見たような顔だ。
ような、というだけあって正直ポスターの人と目の前の女性が同一人物かどうかは自信がないが、きっとそうなのだろう。
龍臣はあまりテレビを見ない。そもそも芸能人に興味がないため、実物を目の前にしてもミーハーな反応は返せないでいた。
それが西原には面白くなさそうだが。