なぜそう確信できたかはわからない。しかし、あのお爺さんに会った今、間違いなくこの本はお爺さんの物としか思えなくなっていた。この不思議な感覚は言葉では言い表せないが、この記憶堂を継ぐ柊木家の血がそうさせているのだろうかと思っている。
お爺さん自身、さっきは何となくここに近寄っただけだろう。何となく足が向いた、そんな感じだったはずだ。
そしてきっと、今度ははっきりとした意志でここに訪ねてくる。

「あれ、今日修ちゃんは来ないの?」

あずみは今更といった感じで修也を探したようだ。
修也はまだ店には来ていない。

「どうかな、もうすぐ来るんじゃない?」

カウンターに記憶の本を置きながら答えると、「そっか~」とあずみの含み笑いが聞こえた。
と思ったら、今度は胴体が温かくなり、背中に何かが巻き付いた感覚がした。
あずみが抱き付いているとすぐわかる。

「あずみ」

龍臣が呆れたように声をかけると少し拗ねたようなあずみの声が胸元から聞こえる。

「いいじゃない。だってこういう時でしか龍臣に甘えられないんだもの」
「よく言う」

あずみからの好意はもうとっくに知っていた。
だからと言って、相手は幽霊だ。生身の人間ではない。気持ちに答えたところでどうにかなるものではなかった。
だからこそ、龍臣はあずみの背中に手を回せないでいる。

「修也が来るぞ」
「もうちょっと」

龍臣はあずみの姿が見えない。だから今、どんな状態か想像でしか出来ないが、あずみはピッタリ龍臣に抱き付いているのだろう。
しかし、修也はあずみの姿が見える。
二人きりの時ならまだ許容範囲だが、さすがに高校生の修也に、この状況を見られるのは少々気まずかった。

「はい! おしまーい」
「あぁー」

龍臣はあずみを振り切るように身体をよじり、はたきを持って本棚へ向かう。身体からあずみの気配は消え、代わりに後ろで拗ねたような声が聞こえた。
仕方ないだろ、そう思っていると案の定、店の扉が勢いよく開いた。