「なんだったんだ?」

お爺さんの様子に首を傾げながら店の中へ戻ると、何かが近寄ってくる気配を感じた。
それは店の奥から真っ直ぐ自分の前までやってくる。
そうか、もうすぐ夕方になるのか、と思う。
その気配に龍臣は微笑んだ。

「おはよう、あずみ。気分はどう?」
「いいわ」

鈴を転がしたような可愛らしい声に、あずみの存在を確認する。
この記憶堂に住み着く幽霊のあずみは、龍臣には姿が見えない。
なのに、声と存在だけははっきりと感じ取れている。
しかし、あずみが幽霊だからと言って、恐怖感など一切なかった。姿が見えないだけで、ただの女の子と変わりないと龍臣は思っている。

箒を片づけようとすると、右腕がほんのり暖かく重くなる。あずみが腕に抱き付いているのだろう。姿は見えなくても、あずみのしていることが目に見えているかのようにわかるから不思議だ。
龍臣はあずみがいるであろう右腕を見下ろす。

「どうした?」
「ねぇ、さっきのお爺さん、知り合い?」
「見ていたのか。いや、ただの通りすがりのお爺さんだけど」
「そう。棚の中から本が落ちたからお客さんが来たのかと思ったの」
「あぁ、本が落ちたのか」

右腕が引っ張られる感じがして、その感覚の方へ歩いていくと、棚と棚の間に一冊の本が落ちていた。
タイトルはない皮表紙の本。まさしく記憶の本だ。
龍臣はそれを手に取る。ずっしりと重い。

「これ、さっきのお爺さんのかしら?」
「さぁね」

誰の記憶の本かはわからない。きっと2、3日もすれば持ち主が現れるだろう。
しかし、龍臣はこの記憶の本の持ち主がさっきのお爺さんだと確信していた。