東京下町。
その店は駅からほど近い下町と商店街の雰囲気あふれる通りにひっそりと立っている。

創業96年。見た目からしても明治時代の面影が残る二階建ての古い瓦作り。
記憶堂と書かれた看板は汚れも目立ち古びている。
良く言えばレトロだが、その古さに多くの人が素通りしてしまうほど。
にぎやかな通りにひっそりとたたずむ小さなその店は気に掛けなければ通り過ぎ、その名の通り記憶に残らないほど地味なのである。

店の前まで来るとかすかに埃やインクの混じった古びた本のにおいがする。

修也はその嗅ぎ慣れた匂いに混じった春の花粉にクシャミをした。
高校の鞄からティッシュを取り出し、豪快に鼻をかむ。
最近花粉症になってしまい、ティッシュが手放せない。街で配っているとどんな宣伝広告が入っていようがお構いなしにもらってしまう。
今日のティッシュは駅前に出来た英会話スクールの広告が入っていた。
花粉から逃れるようにそそくさと通いなれた扉に手をかけて中に入った。

「いらっしゃい。ああ、やっぱり修也だったのか、あの豪快なクシャミ。大変だね~」
「もう本当に辛くて嫌になるよ。いいよな、龍臣君は花粉症じゃなくて」

修也は鼻をすすりながら、はたきを持って他人事のように笑うこの店の主を拗ねたように軽く睨んだ。

ふわっとした癖のある長めの髪に、ブイネックのカットソーとジーパン。
すらっと背の高く、人懐っこい笑顔を見せるこの人はこの記憶堂書店、店主の柊木龍臣である。

30歳にもなるこの男がこの店の三代目である。
曾祖父が20歳で開いたこの店を50年続け、祖父が40年続けた。そして病気をして亡くなったことをきっかけに、大学卒業後に龍臣が継いだのだ。
正確には龍臣しか継げなかった、といえば良いのだろうが。

修也と龍臣は家が近所で、13歳も年が離れているが何故か修也は龍臣を気に入り、兄のように慕っていた。
龍臣がこの店を継いでから6年。
同じころから修也も学校帰りに入り浸るようになっている。
龍臣も仕事の邪魔をされるわけではないし、掃除も手伝ってくれるので特に咎めたりせず、修也の好きなようにさせていた。

「今日はお客さん来たの?」
「ああ、W大の准教授が研究資料を探しに来たよ」

それくらいかな、とさらっと答える龍臣に修也も慣れたように頷いた。
この記憶堂は古い書籍や古文書、歴史書などを取り扱っている。