まるで認知症の患者のようだな、とすら思う。
あずみがキラキラした表情で紅葉を見つめているため、龍臣は一枚拾ってあずみの目の前に差し出した。
もちろん触れることはできないが、嬉しそうに机に置いてそれを眺めている。

「あずみは秋が好きなのか?」
「そうよ。だってあなたがよく庭の落ち葉で焼き芋をしてくれたじゃない。あれ、楽しかったわ」

あずみは紅葉から目を離さずにそう言う。もちろん、龍臣はそんなことをしたことがない。
あずみの中で、また誰かと龍臣が混ざっているのだ。
龍臣はこっそりとため息をついた。
そしてあずみの前に静かに立つ。すると、あずみがゆっくりと顔をあげた。

「あずみ、僕は誰?」

そう聞くと、あずみは驚いた顔をした後フフッと笑った。

「どうしたの、龍臣。急に変なことを聞くのね」

その様子に、またため息が出る。
あずみは何も気が付いていないから、龍臣の様子に首を傾げるだけだ。

「そういえば、最近は記憶の本が落ちてこないわね」
「あぁ、確かにそうだな」

最近は静かなもんだと思っていると、パサッと本が落ちる音がした。

「あら、噂をすればなんとやらね」

本棚の間を見ると、一冊の記憶の本が落ちていた。
手にしてみると、とても軽い。
すると、早々に店の扉が開いた。

「すみません、こちらに私の本がありませんか?」

入ってきたのは身なりの整った上品なお婆さんだった。しっかりしている様子だが、歳の頃だともう80代くらいに見える。

「どうぞ、こちらへ」

そっと手を支えながら、足元に注意してもらってソファーへ案内した。
龍臣は一通り、記憶の世界への話をする。そして、了承を得てからそのお婆さんと記憶の世界へ入って行った。

記憶の世界では、お婆さんが若い頃の話だった。まだ戦前、学生時代に想いを寄せていた人がいた。しかし、その人は自分の家の使用人。身分が違く、お互い思いあっていたが周囲の反対に会い泣く泣く別れたのだそう。
それから、その使用人の男性とは会えず生きてきたが、晩年になりどうしても一目その人に会いたかったのだと言う。
もし駆け落ちをしていたが、自分はその男性と結ばれていたのだろうかと、そう思って生きてきたのだそうだ。
そして、選択しなかったもう一つの世界では二人は無事に結ばれていた。
それを見て、お婆さんは泣いていたがもう一人の自分が幸せそうにしているところを見て嬉しそうにもしていた。

「良い冥途の土産になりますわ」

現代に戻ってくると、記憶が失われなかったようで涙をふきながら微笑んだ。