修也が帰って、店も閉店時間になった。
龍臣は戸締りをして簡単な片づけをする。あずみは暇そうに龍臣の後をついて回る。

「修ちゃん、良かったね。聞く気になってくれて。これで龍臣の心のもやもやも少しは晴れるんじゃない?」
「まぁ、そうだな」

確かにあずみの言う通りだ。話すことは少し緊張するが、どこかホッとしている自分がいる。

「でしょう? 全くあなたはいつも肝心な所で迷うから」

他の本を覗き込みながらあずみはふふっと微笑んだ。
しかし龍臣はその横顔を見つめる。
『あなた』
あずみにしては珍しい呼び方だ。龍臣はすぐにピンと来た。あずみが言う、『あなた』とは自分を指しているわけではないと。
しかし当の本人はそれに気が付いていない。

「この前に出かけた時だって――……」

あずみが話しながら龍臣を振り返って、顔を見たとたんにハッとした表情で凍り付いた。
龍臣もどう反応して良いものかわからず、穏やかな表情を作って見つめ返すしかない。

「あ……あれ? 私、今何を話していたんだっけ? あれ? ……龍臣?」

混乱をしているようだった。
龍臣は優しく、「大丈夫だよ」と透明なその肩を擦る。

「ごめんなさい。なんか時々、昔の記憶と混同しちゃうみたい……」
「昔の記憶を思い出したのか?」

龍臣が知る限り、あずみは生きていた頃の記憶がない。自分がいつ生まれ、どこの誰で、いつ死んだのかさえも覚えていないと話していた。
わかるのは、気が付いたらこの記憶堂に住み着いていたということ。
龍臣の祖父が店を切り盛りしているころから居て、龍臣の代になって姿を現すようになったということ。それくらいだった。

だから自分でもこういうときは混乱してしまうのだろう。

「明確には思い出せてないけれど。でも、なんか時々フッと思い出すと言うか……」

あずみは気まずそうに頭をかく。
龍臣も「そうか」とだけ返して、それ以上は追及しなかった。

「龍臣……、ちょっとだけ抱き付いてもいい?」

あずみは不安な気持ちがぬぐえないのか、甘えたい様子だった。
龍臣としてもあまり混乱はさせたくない。静かに頷いて手を広げると、ホッとしたように身を寄せてきた。
あずみから匂いなんてするわけないのに、どこか甘い香りがするようで龍臣は苦しくなった。