幼い姉弟は嬉しそうに微笑みあい、父を迎えに走り出した。
いつもこうして仕事帰りの父を迎えに行き、手を繋いで家に帰る。帰ると母が夕飯の支度をして待っていてくれるのだ。
あの頃は当たり前の時間だったけど、今思うとそれはとてつもなく幸せな時間だった。
走り出した二人が大人になったあかりの横を通り過ぎていく。
その姿にハッとして手を伸ばす。
ここが「あの日」「あの時」の時代なら。
あかりは二人の背中を見て青ざめた。
駄目だ! このまま二人を行かせてはいけない!

「ダメ!!」

あかりは叫びながら止めようとする。
二人を追いかけて、必死に手を伸ばす。
しかし、ふたりに触れようとするその手は、まるで幽霊のように二人の身体をすり抜けて触れることが出来なかった。

「嫌っ!」

どうしよう。このままでは。このままではまた……。
あかりがパニックに陥りそうになった時のことだ。
その瞬間。
ピタッとすべてが止まった。
文字通り、周りの動いているもののすべてが静止画のように止まっていたのである。動いているのはあかりだけ。時計も、幼い二人も全てが停止ボタンをしたように止まっていた。

「え、なに?」

あかりが戸惑っていると側で穏やかな男性の声が聞こえた。

「ここがあなたの後悔している記憶なんですね」

自分以外に人がいたことに驚いて、ビクッと肩を震わせてから振り返ると、そこには先ほどの本屋の店主が微笑みながら立っていた。
店主はゆっくりとあかりの元まで歩き、隣に立った。
この中で動いているのはどうやら彼と自分だけだと気が付く。

「店長さん?これはどういうことですか」
「ここはあなたの記憶の中です」

記憶の中?
そんなことが起こるのか?
いや、これは夢を見ているのに違いない。
そう思いながら混乱した頭で辺りを見回す。でも確かにこの場所、幼い二人は「あの日」のあかりと弟だ。
こんなことがあり得るのか。
そう言えばあの本……。もしかしてあの本に導かれたのだろうか。

「これから起こることはあなたが後悔してやまない記憶。そうですよね?」

そう言われてあかりはハッとした。
そう、ここはあかりがいつも戻りたいと願う場所だった。
そうか、本当にここは自分の記憶の中なのかと納得した。

「……そうです」

自然と頬に涙が伝う。
あかりは目の前で、笑顔で父の元へ走り出そうとしている姉弟を涙を流して見つめた。
これから起こることはあかりを一生苦しめ後悔させたことだ。

「これから私たちは走っていつものように父を迎えに行くところです。でも……、私はそこの横断歩道の手前で転んでしまうんです。派手に転んで痛くて、すぐに起き上がれないんです。すると、弟は渡り切った横断歩道を引き返してきてくれるんです」

思い出したくない過去。
一度も他人に話したことがない過去。
それを何故かあかりは泣きながら龍臣に話していた。まるで、話すことが自然のことの様に抵抗なく。

「そうですか」
「転んだ私を助けようと、引き返して来て――」