それでも紘は陸上部を辞めない。それが何故なのかを、真田は分かっているようだ。



「……走るの、好きなんだろ?だから辞めたくないんだろ?
この際音楽部には入部してくれなくて構わない。そうだな……たまに遊びに来てよ。楽しそうに走ってる人を見てどうしてもムシャクシャしたら、息抜きにでも僕達の演奏聴きに来て。」



 真田はそう言うと、「じゃあね」と笑って紘から離れた。紘はポカンと突っ立っていたが、やがて口元に微笑を宿す。



「……部長さん!ピアノが埃(ほこり)被ってたら怒りますよー!?」



 進行方向を見据えたまま、真田が大きく手を振って言葉に代えた数日後の、日曜日。紘の携帯に一通のメールが届いた。彼はそれを見るなりリビングへと駆け出し、テレビを見たりファッション雑誌を読んだりしてくつろいでいる弟妹(きょうだい)に向かって叫ぶ。



「亜美!光(ひかる)!じーちゃんからメール来た!!」

「うっそー!?何て書いてあるの?見せて見せて!!」

「兄ちゃん!俺も見たいー!!」



 元気な弟妹達はバタバタと寄ってきて紘を囲む。三人揃って小さな画面を覗き込めば、瞬く間に心が温かくなった。