「あのさ、佐伯」
「うん?」
隣から、彼女が振り返って俺を見たのが判った。視線を感じてざわっと体の奥で血が沸き立つの感じがした。
「その・・・9月に、廊下の角でぶつかっただろ?」
「あー、うん。痛かったよね、結構吹っ飛んだよあたし。君は鼻も打っちゃって」
あはははと佐伯は笑う。思い出しておかしかったようだ。
顔から突っ込んで口元もぶつけて吹っ飛んで、二人とも呆然として、お互いを見詰めていたあの廊下で。俺は流血していたし、佐伯は散らばったプリントを心配していた。
「うん、あれは滅茶苦茶痛かった。・・・だから、さ」
「ん?」
笑うのをやめて、佐伯が俺を覗き込んでくる。何か俺が挙動不審だなと思っているのかも。だって仕方ないんだ、これから言うこと考えたら―――――――・・・
頭の中でぐるぐると渦巻いている願い事。ペロリと唇を舐めたら、佐伯と一緒に飲んだ蜂蜜レモンの味がした。
・・・俺は君と、ちゃんとしたキスがしたい。
もう既にマックスで緊張していた俺は、到底彼女を見ることなんか出来ずに、掠れる声を無理やり押し出した。
「・・・痛くないやつ、しないか?」



