「恋って、認めて。先生」


 放課後になっても、生徒達とのやり取りで感じたふわふわした気持ちは消えなかった。副担任の頃には体験できなかった貴重な時間だった。

「生徒からあだ名で呼ばれるって想像以上に嬉しいものなんだな」

 夢見心地で、教材室に向かう。

 明日の授業に必要なわら半紙を取りに来たのだが、なぜか今日に限って高い場所に置いてある。いつもは目の高さの位置にあるのに。誰かが間違って移動させてしまったのかもしれない。

 背伸びをしても取れそうにないので、室内の隅に立てかけてある脚立を引っ張り出してきた。

「よし、これでいける…!」

 恐る恐る脚立にのぼり、わら半紙の収まった場所に手を伸ばす。しかし、脚立の足が壊れていたらしく、体のバランスが崩れた。ぐらりと大きく揺れて、私は勢い良く地面に落下してしまう。

 もう、ダメだ――!

 いつどんな衝撃を受けてもいいよう、かたく目をつむる。

「っ!!」

 落下はしたものの、思ったより衝撃は少なかった。それは、私を守るように抱き抱えている男の子のおかげだった。

「えっ…!?比奈守君!?」
「廊下から呼んだのに、先生気付かないから……」

 そうだったの!?ぼんやりしてて、呼ばれたことにすら気付いていなかった。

「ごめんね、大丈夫!?ケガはない??」
「平気です。先生、案外軽かったんで」
「案外って、ひどい!」
「冗談ですよ」

 ムキになって言い返すことで、動揺を隠した。

 背後から抱きしめるようにからめられた比奈守君の腕は間違いなく男の人のもので、私は不覚にも緊張せずにいられなかった。忘れようとしていた夢のことを、嫌でも思い出してしまう。教室で見てる比奈守君が、こんなに近くにいることが不思議で……。

 世界にたった二人きり。そんな気すらしてしまった。

「あっ、ありがとうっ!」

 彼の腕を払いのけるようにして比奈守君から離れた私は、真っ赤になっているだろう顔を見られないよう彼に背を向け、目的の物を探すフリをした。

「ついでだし手伝いますよ。何探してるんですか?」
「えっと、わら半紙を……。あそこのなんだけど」

 生徒に仕事を手伝わせるなんてよほどのことじゃない限りしないんだけど、この時は特別だった。比奈守君に話を合わせないと、この緊張を見破られそうで恐かったから……。

「分かりました」

 言うなり、比奈守君はひょいと腕を伸ばし簡単にわら半紙を手に取って見せた。脚立を使わずに。

 今までこんなに近くでまじまじと見たことなかったから気付かなかったけど、比奈守君て、背、けっこう高いんだ……。