「はいこれ、あげる」
インターホンが鳴ってドアへ向かうと、はながすこし不機嫌な顔をして、おれの家の玄関に立っていた。差し出された紙袋は、男子に渡すにはちょっとかわいすぎる気もしたけれど、そんなことよりはながおれに会いに来たことに驚いていた。
「あ、ありがとう。……でも、なんで急に、どうして」
とりあえずお礼の言葉だけはなんとか口にして、おずおずと受けとる。紙袋を手にしたおれが理由を聞くと、はなはしかめっ面をさらにゆがめて、なんだか泣きそうな顔をした。
「洸太と遊べなくてさみしいって言ったら、おかあさんが。仲直りしたいなら、チョコあげたらって、言うから……。だから、これはバレンタインのじゃなくて、仲直りのチョコレートね、仲直りの!」
いつもより早口で、だけどおれの目を見て話をするはなは、そこまで言ってすこし笑った。
「すきじゃないとか、いろいろ、ひどいこと言ってごめんね。あたし、また洸太と友達になりたいよ」
笑顔のはなの目はうるんでいて、涙が落ちそうになっていた。でもたぶん、おれも相当変な顔になってたんだろうなと思う。うれしかったのと返事をするのとでいっぱいで、自分がどんな顔してるかなんて考えもしなかったから。
「おれも…、おれも、悪い態度とって、ごめん。……友達、もっかい、なろう」
はなと笑って会話をするのは久しぶりだった。おれもさみしかった、とか、これからはいままでの分も遊ぼうとか、そんなことをずっと二人で話していた。紙袋の中のチョコレートは、はなは遠慮したけど仲直りの記念にって言って二人で食べた。
はなが笑いかけてくれるのがうれしくて、あの日はおれもずっと笑っていた。
次の日、教室で何事もなかったかのように話すおれたちに、クラスメイトは驚いて、そして一斉に騒ぎはじめた。
「はなちゃんと笹原くんが普通にしゃべってる…!」
「洸太が竹野に話しかけてるの、いつぶりだ!?」
「洸太とはな、ヨリ戻したんだー!」
どうしてどうして、と勢いよく質問してくる声の中から、クラスで一番のおふざけ者の声がぽんと飛んできたとき、そいつをキッとにらんだはなの大きな声が負けじと響いた。
「あたしと洸太は友達だもん。友達と話してるだけなのに、どうして変なこと言われなきゃいけないの?」
さっと教室が静かになって、一瞬時間が止まったような気がした。クラスメイトの前で冷やかしの声に言い返したはなの姿はとてもかっこよくて、おれはなぜだか目が離せなかった。
しばらく誰も動かなかった。とても長いあいだそうしていたように感じた。最初に口を開いたのは女子たちだった。騒がしさを取り戻した女子の集団に、そうだそうだ、はなちゃんがかわいそう、と以前のからかいは忘れたような顔で責められて、そいつが困った顔で謝っているあいだも、おれははなの背中をずっと見ていた。すると、はなは振り返っておれを見て、ニッと笑ってピースサインをしてみせた。
たったそれだけの仕草が、いつもよりずっとかわいく見えて。
そのときから、きっとおれは、友達としてじゃなく、はなを好きになったんだと思う。



