夏海は、すごく不満そうに言う。

「やっぱり、全然違う」

「ホテルのオープン記念パーティなら、こんなものだろう」

廉は冷めた眼差しで言う。

夏海は、すごく不満そうだ。

「そうかもだけど、もっと、陰惨な雰囲気じゃなきゃ。雰囲気味わえないわ。楽しみにしていたのに」

「そんなホテルに、誰が泊まりに来ますか?」

呆れたように冬眞は言う。

それに、夏海はにっこり笑って言う。

「私」

「一人では、集客は望めませんね。たとえ、一年契約しても従業員の給料すら、賄えませんよ」

ピシャリと冬眞が言えば、確かにと、夏海は頷く。

「じゃあ、ダメか」

廉がその間に、受付をすませ、パンフレットを持って戻ってくる。

「納得したか」

「一応は、でもヤダ」

廉はパンフレットをくれる。

「教会もあるらしいぞ」

「本当だったんだね」

脅迫状に書かれていたことを、夏海は思い出す。

「こちらが目星ですね」

「だな」

二人で難しそうな、話を始めると、興味なさそうに、夏海は会場を見回す。

「まだ、かしら? 遅いわね」

「今日の主賓の一人だから、挨拶周りで忙しいんだろう? 主役は最後の登場だ」

廉は言う。

「ふ~ん」

そう言ってると、早速、その人物が登場した。

「冬眞先輩。来てくださったんですね。リルカ感激」

ハートマークが語尾に付きまくっている。

「何が、かんげ~きよ」

夏海が吐き捨てるように言ったあと、にっこり笑う。

「そりゃ、あんな熱烈な招待状もらったら、無視できないでしょう」

「あら、何のことかしら? リルカ分かんない。先輩、怖い」

リルカが冬真さはに抱きつこうとすると、それを意外にも廉が止めた。

「ダメだよ。人の夫に手をだしちゃあ。せっかく、可愛いんだから、他にも目を向けてあげなきゃかわいそうだよ」

廉がにっこり笑って言えば、ポーッとなったように廉を見る。

しかし、それはすぐある人物が遮る。

「お姉さま、お父さまがお呼びです」

そう言って、妹の穂波(ホナミ)が呼びにくる。

リルカはポーッとなったまま行く。

夏海は、穂波に挨拶をする。

「久しぶりね」

「お久しぶりでございます」

そういって、頭を下げる穂波。

「相変わらず、可愛い奴じゃ」

「そんな、滅相もございません」

「あら、本当よ。私が男だったら嫁にもらいたいぐらいよ」

穂波は照れる。

「あれの、妹とは、とても思えん」

「楽しんでいって下さいね」

そういって、逃げる。

「チッ、逃げられたか? つまらん」

「あれだけ、誉められれば、いずらくて、誰でも逃げますよ」

冬眞が苦笑いで言う。

「そう? だって、あの子、あれの妹だとは思えないぐらい、いい子なんだもん」

「確かにな。よく気が付く子だよ」

廉も言う。

「廉兄もそう思うでしょう?」

「ああ」

「でも、これから、どうやって、暇を潰そうかしら」

「芸能人もたくさんいますよ」

「あ~、私、芸能人に興味ない。確かに、凄いなって思うけど、それだけよ」 

「夏海さんは誰か、この人のファンとかいないんですか?」

そう冬眞に聞かれ、夏海は少し考えてから、面白そうに言う。

「いたわ。ファンと言うより、その人達がこれからどういう選択をするのか興味がある人がいる」

冬眞は不思議そうに聞く。

「誰ですか?」

「え~、分かんないの。冬眞と廉兄の選択よ。私を退屈させないでね」

冬真は苦笑いしながら、頷く。

「夏海さんを退屈させませんよ。絶対に」

「そうなることを、期待しているわ。でも、だから彼らに興味はない」

「ですが、彼らは夢を与えてます。それだけで、尊敬に値すると、僕は思いますよ」

「確かにね。だからと言って、私は尊敬はしているけど、それだけよ。ファンとかにはならないわ」

それを聞いた1人の男性が格好つけながら、言って来る。

「残念だな。君のようなかわいい子にファンになって、もらえたらもっと頑張るのに」

それに、冷めた目差しで答えた。

「私がファンになっただけで頑張るなら。頑張りが足りないんじゃない」

「君はバカにしているのか?」

男が振り上げた手を、廉が掴み、冬眞が夏海と男の間に入る。

鉄壁の壁が出来る。

「何をする?」

男が手をとろうと、モガくが外れない。

「離せ」

その声に来ていた人は驚いてみる。

「廉兄、離してあげて」

夏海は静かな口調で言う。

「申し訳ない」

それに、廉は社交的に謝罪し、その手を離した。

「これだから、野蛮人は」

「それぐらいで止めといたら、どうですか? 己の品位を下げたいなら、止めませんが」と冬眞が言うと、その芸能人は、ぶつぶつ文句を言いながら消えて行った。

「ね、上行ってみない」

みんなが、ホールにある2階から庭を見ている。

夏海はそれに興味引かれたようだ。

「行ってみますか?」

冬眞が言うと、夏海は元気よく返事する。

「うん」

行って庭を見ると、

「綺麗」

「 これには、一見の価値ありだな」

廉も言う。

「すごい価値ありだよ。これは、奪えないし、どうやったのかな?」

「う~ん、奪えないけど、こんなきちんと管理も出来ないと思うぞ」

「そうなんだよね。きちんと管理する人がいたってことかな?」

「ええ」

眼鏡かけた優しそうな男が言う。

「あっ、すいませんお話に割り込んでしまって」

「いえ」

「失礼ですが、神崎様でありませんか?」

「そうですが」

突然名を呼ばれたのに、廉は動じることなく受ける。

廉にとって、それは日常茶飯事のことだったからだ。

「ああ、やはり、感激です。こんなところで会えるなんて、経済コラムで拝見しました。そこで、切ることは、いつでも出来る。いかに使える奴に変えていくかが、問題なんだって」

「嘘くっさ~」

夏海が吹き出す。

「だって、廉兄は、いかに使えない奴を、早く切るかだもんね」

「夏海さん」

冬眞が止めようと口を出す。

廉は苦笑いして言う。

「すまない。あれは、コラム用に書いたやつなんだ」

「だって、どうやって、変えっていくかってことは? 結局は、人任せってことでしょう。そんな奴、結局使えないわ。自分でどう変えていくかが重要なんだと思うな」

「確かに。そうですね」

「俺は従業員みんなの生活を握ってる。そうなると、いかに被害を最小限にくいとめるかが、俺の役割になる」

「なるほど」

感心したように頷く男。

「一人一人と向き合っている時間はないんだ。向きあえればいいんだがな。私にはそんなに、時間もないし、完璧な人間でもない。すまない」

「いえ。余計ファンになりました。失礼しました。私は富山克(トミヤマスグル)と申します」

「富山さんは優秀なんだね」

「えっ、私なんか、全然」

「でも社員で、参加しているの富山さんだけじゃないの?」

「他にも、いらしてますよ。ところで、私がここの社員だと言いましたっけ?」

富山は、ビックリしたように首を捻る。

「だって、わかるよ。廉兄の載っている経済コラムを読んでるって事は、つまり、富山さんも企業戦士ってことでしょう? ここの会長が取引先にしているところは、たぶん、似たような人種ばかりだろうし。富山さんは、その点当てはまらなそうだしね」

「ありがとうございます」

富山は、嬉しそうに言った。

夏海が改めて、自己紹介をする。

「あっ、申し送れました神崎夏海と、こっちが冬眞です」

「貴方が……」

複雑な顔をする富山。

夏海は、どうしたのかと首を傾げる。

「もしよろしければ、挨拶まわりが、終わったあとに教会に案内します」

「ヤったね」

「お前達だけ案内してもらえ。俺もちょっと、挨拶があるから」

「うん」

「それでは、また後程」

「じゃあね」

手を振る夏海。

「さて、どうする?」

廉が夏海に聞く。

「料理を食べるしかないでしょう?」

「そうだな」

廉と冬眞が先に降りる。

冬眞は廉に質問してみた。

「庇わないのが、出来る企業戦士何ですかね?」

冬眞は富山が会長を庇わないことに、違和感を覚えたからだ。

できる人ならなおさら、こう言うとき、庇うもんじゃないか。

冬眞が首を傾げると、廉が笑って言う。

「どうだと、思う?」

「僕は庇うものだと思います」

「どう?」

廉は、面白そうに聞く。

「私には、分からないから、聞いているんです」

「お前にも、いずれ、分かる時が来る」

本当に面白そうに言う。

「つまり、廉さんもそこに違和感を感じたことに、否定は
なさらないんですね」

「それは、どうかな? 自分で答えを見付けろ。お前には、まだ、時間がある」

廉はそう言って、笑った。

「つまり、まだ、先ってことか?」

「急いで大人になるな。学生時代を満喫しとけ。大人になった時に必ず後悔する時が来る」

その時、夏海は二人の話に割り込まず、大人しく後ろからついて行く。

夏海が後ろを歩いているとき、誰かに、背中を押された。

「キャ~」

夏海が足を滑らせたが、夏海の悲鳴に、前の二人はすぐ反応した。

「危ない」

そう言って冬眞と廉が受け止めてくれる。

「大丈夫ですか?」

「……うん」 

ちょっと変な顔をする夏海。

「動き出したか?」

「でも、変なのリルカはあそこにいる」

夏海が指さしたのは、下のパーティー会場だった。

彼女は挨拶まわりをしていた。

「つまり、夏海を狙っているのは、彼女だけじゃないってことか?」

「ただ、怪我させたかっただけってことですか?」

「でも、今回は私たちが気付いたから、よかったものの、下手したら死んでるぞ」

「生きてても死んでても良いってことですか? 目的は何なんでしょうね?」

「狙われてるって、私たちに思わせたかった。だけかもね」

ニッコリ笑って、夏海が言う。

「そういうことかもしれませんね」

冬眞は静かに納得する。

「犯人にとっては、私が生きようか死のうがどっちでも良かったなんて、失礼な話よね。私の生き死にどっちでもいいなんて、つまりは、この犯人にとって、私が目的じゃないってことでしょ?」

クスッと冬眞は笑う。

「じゃあ、目的が夏海さんならいいんですか?」

「相手が私に本気でくるなら、私も本気で受け止めましょう。だって、それだけ、相手が本気なら受け止めて上げなきゃ失礼でしょう。目的が何にあるにせよね。でも、そうじゃないなら、それを利用するなんて許せない」

ちょっと違うとこで怒る夏海に冬眞は笑う。

「さすが、夏海さん」

「殺したいってことは、それだけの動機があるってことでしょう? だったら、真剣に受け止めなくては、相手に失礼よ。その殺意がどんなに、理不尽だと、思えるものであってもね。それが、京極である者の定め」

夏海も廉と同じようなことを言う。

それを聞き、冬眞は笑みを漏らす、なんて似たもの同士なんだ。

「何だ?」

廉が聞く。

「いえ、やはり人間似ていくものだなって思って」

「ああ、夏海とか?」

「ええ」

「あいつも、そう育てた気はないが、向けられる殺意を甘受する傾向がある」

「でも、逆に、怖いですね」

「ああ」

廉は頷く。