「どこから、やりますか」

「いる物はそのテーブルの上に置いたから、後は捨てて」

「はい」

ゴミ袋に藁人形やら割れた鏡やら、欠けているクシを入れていく。夏海は

「ワラピイ寂しいけど、お別れだね。ワラノスケもバイバイ」

そういって、一個ずつ捨てていく夏海。

いつの間に名前なんか付いたんだと思う冬眞。

どうやら、全ての藁人形に名がついているようだ。さすが、夏海さん。

「ワラコ、ワラミ~」

ゴミ袋に捨てては泣く。

「おまえ達のことはけして忘れない。安らかに眠れ」

と、なぜかただの藁人形のはずなのに違う物に見えてくるから、不思議である。

そして、最後の一個がワラゾウであった。

その名は全部ワラが付いているから、面白いものだ。

「恨むなら、そこにいるやつを恨め。けして、私を恨むな」

「酷いですね。私は何もしてないのに」

「でも、原因を作ったのは私じゃないわ。あなたよ」

そう言われ、冬眞は黙る。

「ねえ、でしょう?」

「そうですね。でも、直接私が何かをしたわけじゃありませんよ」

「確かにね。冬眞がモテすぎて、私がただ、恨まれただけね。それは、私のせいなの? 違うわよね。そもそも、私を恨んでも、仕方ないのに、それで、冬眞が手に入るわけでもないのにね」

「そうですね」

そして、ゴミ袋8個にも及ぶ藁人形は片付けられた。

「終わった」

テーブルの上には冬眞が思った2つと、後1個あった。それは、なんの変哲もない、逆に不自然と思える普通の物だった。

「これは、なぜ?」

「だって、下手な脅迫状付きで、それから私を守るように、来るなってそれを教えてくれている貴重なものなんだもん。たぶんこれを送った人は私に殺意持っていないのね。持っているのは、送らせた人」

冬眞はそれを聞き、改めてそれを見る。手紙は2枚入っていた。

1枚目は、結婚を祝うもので、なぜか二重になっている文字があった。それには、こう書かれていた。

【夏海ささん冬眞さん結婚おめでとうございます。相変わらず、暑い日が続ききますが、皆さん夏バテなどはしていませんか。夏バテなんかせず、この夏を乗りきって下さい。結婚して初めての夏たたのしんで下さいね。さるる7月28日、我が家のホテルのオープンきねんパーティを催します。是非、みなさまでおここし下さい。近くにきょうかいもあることですし、2回目の結婚式をここで挙げらられれては、いかがでしう? きっと、ロろマンチックだと、思いますよ】

「二重になっている文字を読むと<さきたるこられろ>ですね。これは」

「そうアナグラム」

夏海の言葉に、それまで気にも止めていなかった招待状の手紙に、冬眞は目をやり、表情が曇る。

夏海にアナグラムと言われ、並べ替える。そこには、【きたらころされる】と、ご丁寧に書いてあった。

「あっ」

「親切よね」

冬眞もそれに気づく。そして、もう一つの方が何とも異様だった。

それは、漢字が羅列されていて、何かわけの分からないものだった。

「でも、二重になっているからって良くわかりましたね」

夏海は笑いながら言う

「そりゃそうよ。もう一つの方を見なさいよ」

そう言われ、冬眞は見る。

「えっと。なつみ山、忍三御結婚御目出塔 相川等図、暑胃日我続来升我、胃可我、御過後四出市世宇可? 申七月二十八日、我画家野補手留野御ー分記念派ー手胃催四升。是非、美名嵳真出御越四下差鋳。近区二機世卯会藻亜留事出素紙、二回目野結婚式をこ小出挙下手歯如何出子夜卯化? 来津戸、ろ万置柘駄戸思胃真す」

夏海の言葉に、気にも止めていなかった招待状に、冬眞は目をやり、表情が曇る。

「夏海を殺すですね。さっきは殺されるだったのに、今度は、殺すですね」

「そう一方が殺人予告で、もう一方はその殺人を警告する文よ。どちらも頭を悩ませた割には、稚拙すぎよね。おじいさまに行っていいか聞いてこようと」

夏海は、豪造の部屋に鼻歌を歌いながらやってくる。

「おじいさま」

「なんじゃ?」

「行って良い?」

その招待状を見せる。

「あ~、何じゃ? ああ、それか? きちんと、自分の身を守れるなら、行って、良いぞ」

豪造は脅迫状だと言って、いないのに、一目見て、気づいたようだ。

「うん、守る」

「念のため危ないから、廉も連れて行きなさい。家にも一宮からは確か招待状は来ておる」

「うん、わかった」

夏海たちは、廉の帰りを待つ。廉が帰ってくると、夏海がもう我慢できないとばかりに、

「行って、良い? 良い?」

訳の分からない廉は、惚けたように言う。

「何がだ?」

冬眞が、それに説明する。

「我々の予想は、外れていました。3つでしたよ、その1個があれです」

リビングへと案内する。

そして、招待状に目をやり怪訝な顔をする。

「一宮か?」

廉は憎々しげに言う。廉は首を左右に振りながら、ネクタイを緩め、背広を脱ぐ。

それを夏海がまるで、女房になったように受け取る。

「悪いな」

一宮も神崎に遠く及ばないが、大企業である。でもその仕事の仕方はまるで違う。かなり、悪どい商売をしていて、噂では、死んだ者も少なくないと言う。噂だから、どこまで、本当かはわからないが、廉の知る限り、共に仕事をしたいとは思える相手では、なかった。と言うかご遠慮、申し上げたい。

何度か仕事の打診があったものの、その都度丁重にお断り申し上げた。

はっきり言って、そのやり口があまりに、スマートじゃない。それは、廉の美的感覚が拒否していた。

まあ、早い話が一宮の仕事のやり方が、嫌いなのだ。

大企業である以上、綺麗事だけで語ることはできない。
それは、神崎も一緒だ。

一宮と内情は対して変わらないだろう。

特に、シビアな性格の持ち主である廉は、仕事に情を持ち込むことは一切ない。
だから、恨んでいる人間は、さぞかし多いに違いない。たぶん、恨み辞典なる物を作ったら、立派な辞書が一冊出来上がるに違いない。

でも、それが上に立つと言うことだ。人より恵まれた環境であると、言うことは、それだけ人として失うことも、また多いということだ。そこは安寧とは無縁の世界。ある意味、孤独が支配する世界だ。しかし、それを享受できなければ、上にたつことなどできない。

でなければ、企業は簡単に揺らぐ。たとえ、大企業でも、一度揺らげば、すぐ取って代わられる。けして、この世に不変な物などありはしない。だから、廉は情を捨てる。優しさよりシビアさを。

それが、グループで働く物たちの生活を預かる者の役目だからだ。だから、神崎家の面々は、それを甘受している。といっても、それは向けられる感情にだけ、実際危害を向けてくる者には容赦はしない。

じゃないと、どうなるかは夏海の親で実証済みだからだ。

「とはいえ、お前わざわざ来るなと、親切に教えてくれているのに、自分が殺されるかもしれないと分かっていて行くつもりか?」

「これにいかなくってどうするの?」

ワクワクした顔の夏海。

「もちろん、廉兄も行くのよ?」

「ハァ~?」

「お爺さまに聞いたら、家にもパーティの招待状来てるから、念のため廉も連れていきなさいって」

「廉さん、夏海嬢がこう言っている以上諦めが肝心ですよ」

「なぜだ? バトンタッチしたはずなのに」

ガックリ肩を落とす。

「だって、僕じゃ、まだ役不足ですからね」

冬眞はおかしそうに、笑う。

「お爺さまから了承をえているし行ってくれるでしょう? やっぱダメ?」

「来週は確か懇談会が」

といをうとし、夏海によって潰される。

「ああ、その点は平気、渋木さんに確認したらその日は何が何でも開けますって。言ってくれたよ。渋木さんって本当に優しいよね。やっぱ、廉兄ダメ?」

夏海は恐る恐る聞く。

そう言われ、廉は嘆息する。

「行きたいんだろう? でも、これ以上は危ないと私が判断したら帰るぞ。いいな?」

「うん」

夏海は嬉しそうに頷き、廉に抱きつく。

「だから廉兄って好き」

「そりゃ、どうも。で、おじいさまの診断結果は?」

それを聞き、決まり悪げにする夏海。冬眞が苦笑いで答える。

「どうやら、我が家で一番繊細だったようですよ。重度の腱鞘炎だそうです」

それを、聞き廉は思いきっり吹き出す。

「やはりそうか、でも重度って事は、そんなに飛ばしたか? まぁ、いい薬になっただろう」

廉は笑って、着替えてくると言って、夏海が背広をわたすと、廉は笑顔で礼を言っていて、リビングを出た。

でも、向かったのは自分の部屋じゃなく、豪造の部屋だった。

「父さん、本気で行かせる気ですか?」

ちょっと怒り気味に廉は言う。

「本気じゃ」

それに、豪造は、あっさり言う。

「いつまでも、閉じこめておくことはできまい。多少、危険はあるが、夏海は身をもってそれを知っている」

「しかし」

豪造はこれまで、夏海に危険がないよういつでも目を配ってきた。

「今後、夏海を守るのは儂じゃない。寂しいが、お前達じゃ。世代交代の良い時期じゃ。今回が、お手並み拝見の場としては、一番良い」

いったい豪造に、どんな心境の変化があったのだろう。

「それに、今回は一宮の長女があれを買っている」

調べられることは、調べたってことか?

「ここまでわかって、言て、何も手が打てんとは言わせぬよ」

豪造に試すようなことを言われ、廉の頭には、カーッと血が上る。

だから、技と笑みを作り言う。

「それこそ、まさかでしょう? これでもあなたから、京極を受け継いだという、私には、自負がある。信頼されこそ、疑われるのは心外と言うもの」

廉の瞳には、はっきりとわかる怒りが現れていた。

豪造と廉の間にピーンと糸が張り詰めた。

コチコチと時計の音がやけに大きく響いた。

ずっと、続くかに思われたその静寂を破ったのは、豪造だった。

「お前ことは、信頼しておるよ。してなかったら、お前にも託したりせぬよ」

それは会社のことだけではなかった。

廉は豪造の言わんとしていることを正確に悟る。

それは、夏海のことだった。

夏海を育てたのは廉だった。

それがし向けられたものだと、今気づいた。

やられたと思った廉。

でも、いつかこの人を越えてやると思う廉だった。

ひそかな、野望。

でも、とても面白そうだ。廉が子供のように、その時のことを思い、ワクワクする。

「今回の主役は夏海たちじゃ。お前は極力、オブザーバーに徹しろ」

「御意」

頭を下げる廉。

夏海に見せる事のない廉の姿がそこにはあった。
 
実は廉は、豪造こそが未だ神崎の頭だと思って要る証。

「お前にはある意味、貧乏くじを引かせたな。すまない」

「もったいないお言葉にございます。己で選んだ道、一度として貧乏くじを引かされたなどとは思ったことはありません。むしろ、逆でしょう。当たりくじでしょう」

「お前は自らドブに行くと申すのか?」

「ドブなどとは、思っていません。している間、とても、楽しめました」

過去形で話す廉に豪造は気付くが何も言わない。

廉がこれからなそうとしていることは、もう豪造が口出しすることじゃないからだ。

「でも、彼方から、学んだ経営学は、私にとって、今や、本当に宝になっております。これは、本当に。ただ、私が後悔することと言えば、私は気づいていながら母たちを諫めなかったことです」

廉がこの時、生まれて初めて母と呼んだ。

「廉、お前」

「諫める機会は何度もあったのに、諫めませんでした。それが、ことが起こってから気づきました」

「お前が、それを言うならワシだってそうだ」

「夏海には、可哀想なことをしてしまいました。だからこそ、決めていたんです。私の役目でしょう。こんなおいしい役を、他に譲る気はありません」