時は8月。

夏、真っ盛り。

カンカンに照りつける太陽。

雲一つない快晴だ。

若者ならば、夏だプールだ海だと外に飛び出すその最中。

ここ世田谷の広大な敷地にたつ建物に何とも、不健康な生活を送っている者がいた。

閉め切られた窓。

ご丁寧にシャッターまで、下ろされている。

外からの光を一切遮断した部屋。
付いているものと言えば、電気それも机の前だけと言う暗さとクーラーだけ。

少女の前にあるのは、無数の試験管とスポイトと言ったある意味異様なものだった。

これを前に少女は、何やらほくそ笑んでいる。

試験管は試験管立てに、刺さっている。

それに、入った液体をスポイトでとり、別の空いた試験管へといれる。

それは、まるで化学者のように。

その少女の名は、京極夏海(キョウゴクナツミ)。

高校1年生。

腰まである長い黒髪のストレート。

ストレートで綺麗だが、何かおどろおどろしい。

つまりは、綺麗だが不気味だと言うことだ。

そう言うなれば、一昔前に流行った貞子にそっくりだ。

いや、それよりも髪が伸びるおきくちゃん人形か?

本人に言ったら怒られそうだか。

本人はそうとは思っていないだろう。

今年、志望校に、無事合格した夏海は、ようやく、解禁することの出来た実験に没頭する。

生理的要求以外部屋からでなかった。

つまり、トイレ、食事、風呂だけである。

その趣味とは、毒薬の開発。今は南米から取り寄せたキタザワブシという植物で アルカロイドもしくは、トリカブトが入っているらしく、猛毒だとか。 嘔吐や下痢・呼吸困難に至り死にいたることもあるとか。

別段、それを人様に飲ませようと言うのではなく、あくまでも飲むのは自分だ。

夏海は毒に対する、免疫をつけたいだけである。

けして、自殺願望があるわけじゃない。

どちらかと言えば、死にたくない。

死なないために、夏海は実験を続けている。
自分の世界に浸り込んでいたため、夏海はその不穏な足音に、気づかなかった。

そのヒタリヒタリと近づく不気味な足音をさせる者は岬に驚愕な話をもってきていた。

右手に扇子を持っているまるで、某時代劇の黄門様のように、カッカッカッカと笑いながら。

「喜べ~、夏海」

しかし、夏海は自分の世界から出ることはなかった。

後少しで完成と言うと頃まで、いった夏海全く自分の世界から出なかった。

夏海はようやく出来たとばかりに、それを口にした。猛毒だと聞いていただけに、すぐになにか症状が現れると思っていただけに拍子抜けだ。

「なによこれ。詐欺だ」

このままでは、気づいてもらえないと、悟った豪造(ゴウゾウ)は、ようやく部屋の電気をつける。

それで、ようやく、夏海は無粋な進入者に気づいた。

夏海は、不機嫌さを隠そうともせず、冷めた表情で見る。

しかし、次の瞬間には、驚愕に変わる。

と言うのも、豪造の格好が某時代劇の俳優さんと同じ格好をしていたのだ。

紋付き袴に身を通し、片手には扇子を持ち、カッカッと笑う姿は、本当にこれでは、黄門様のようだった。

「どうかなさいましたか? とうとう、初恵(ハツエ)さんをゲットしたとか?」

夏海の言葉に、豪造は憮然とする。

どうやら違ったらしい。

「初恵さんは男を見る目がなさすぎるんじゃ」

初恵とは、老人会のマドンナだ。

豪造はたまたま目にした老人会の集まりで、初恵さんに一目惚れしたのだ。

それまで、バカにしていた老人会にも速攻入会し、あまりの手際の良さに、周りの者を呆れさせた。

そもそも、老人会に顔を出したら、辛気くさくなるっと言って、バカにしてたのに、恋は人を変えるとは、よく言ったものだ。

でも、その初恵さんには、もう好きな人がいた。

あまり、冴えないけど、人の良さそうなお爺さんである。

豪造には、悪いが夏海が初恵さんの立場でも、豪造は選ばないに違いない。

「あんな、優男惚れるだけ無駄じゃ」

プンプン怒りながら言う豪造に、夏海は豪造が玉砕したことを悟る。

まぁ、少しの間、夢見れたんだから、それで良しとしなくては、と思う夏海だった。

「では、どうかなさいましたか?」

一度ビデオを止め、豪造の方に向き直る。

夏海が聞くと、豪造は待ってましたとばかりに言う。

「今日は、神崎邸だけ、大安吉日じゃあ」

「えっと、今日は、うわ~仏滅」

岬は、カレンダーに目をやり言う。

「しかも、章子様の四十九日と来た。大安吉日はお爺さまの頭の中だけのようですわ」

至って、平静に夏海は言う。

「何が儂の頭の中だけじゃ。夏海こそ、世間的にはお主の頭の中だけじゃ。章子様の四十九日など、儂にはどうでもいいわい。それより、夏海喜べ、儂が長年、心血を注いだ占いの結果がでたのじゃ」

冷めた口調で夏海は言った。

「それは、おめでとうございます。で、何を占ったんですか」

この豪造には、困った癖といえばいいのかあった。

それは、何でも占いで決めるというもの。
それも、タロットとや手相、水晶というなら、まだ納得がいく。

何故か下駄占い。

そう、あの子供の時、《あした天気にな~れ》と、靴を飛ばす、あれである。

それで、以前会社の上の者を決めたことがある。

「儂は会長職に引く、今後は息子である廉、お前がやれ。文句はあるまい。文句がある者は、直接儂に言いにこい。文句があるならな」

皆、苦い顔をした。それもその筈、当時、廉はまだ25歳の若輩も若輩だったんだから。

だいぶ、反対の声も上がったが廉はそれを自分の力を見せることで、黙らせた。

それが、さらに会社を大きくするということに、繋がったからますます占いに豪造は、はまっていく。

迷惑この上ない。

それは今日着る服から、食事に至るまで、全てが万事占いである。

でも、昔からだったのだろうか?

そうではない。

廉がぐれた?ときから、占いに逃げた。

豪造の一日は下駄飛ばしで始まり、下駄飛ばしで終わると言っても、過言ではない。

だから、下駄を飛ばさない日はないのである。

だがそれが、豪造がこうと決めたのが出るまで、ずっと飛ばし続けていると、気づいている者は何人いるだろか。たぶん、廉と副社長以外、そういないに違いない。

まあ、とにかく占い狂である豪造。

その豪造が何を占ったのだろう?

夏海は首を捻る。

廉が助け船を出す用に言う。

「お前、今日でいくつになった?」

その廉が、なぜか、普段ガチガチの会社員スタイルが、今日はホスト風に決められていた。

前髪を少し垂らし、これまた、少し崩した髪型で眼鏡まで、色付きのレンズに変えている。

まるで、ホストのような出で立ちの叔父の廉。

年は叔父とはいえ、まだ30代と若い。

「おじいさまに下駄占いで廉とくれば、とうとう社長職解任されたとか」

「それの方が、まだ良かったよ。今までの、占いの中で一番ぶっ飛んでいる」

深々とため息を付くと、夏海の両肩に手をおいて、廉は言う。

「諦めろ。この人の孫で生を受けた以上もはや『平穏な人生』などないに、等しい。ちなみに私の社長の地位は、残念ながら安泰だよ」

なぜか、廉は苦々しげに言う。

「じゃあ、廉兄が社長のイスに飽きたとか? で転職を考えているの?」

夏海がそうでしょうと言うように言う。

「社長のイスは飽きたとかで投げられるほど、軽いものではないよ。でところで、夏海さん私の転職先は、どこなのかな?」

ニッコリ笑って廉が言うから、気を良くした夏海は、墓穴を掘った。

「えっそりゃ、ホストでしょう?」

「ふ~ん、夏海が私のことを日頃、どう思っているか、よくわかったよ?」

「う、嘘です。廉様には社長しか似合いません。はい」

夏海は焦ったように言う。

「ところで、何念願の占いの結果って?」

夏海は廉に尋ねる。

「聞かない方が良いと思うぞ」

春馬はそれは、苦虫をかんだように言う。

「聞け」

豪造が言う。

それに対して、夏海も変な顔をする。

「なんか聞きたくなくなった」

「もう、そう言ってる時間はない。早う車に乗れ」

そう急かされて、廉が運転する車に乗る。

そこで、驚愕のことが言われた。

「何ですって。け、け、結婚。誰が?」

夏海が叫んだ。

「だから、聞かない方が良いって言っただろう」

「聞かないですませられるなら、今からでもそうしたい。でも、それ自体無理じゃない。だって、自分のことだよ。それで、その非常識なことに乗ったのは誰?」

「お前の希望通りの人じゃ」

豪造にそう言われ、一人の人物が浮かぶ。

確かに、夏海には心当たりがある。

彼と一緒になりたいと豪造にも言った記憶が……。

結婚できる年になったら、すぐにと言うわけじゃない。学生生活が終わってからという意味で夏海は言ったのに。

なぜこんなことに。

だから、期待を込めて、夏海は聞く。

「でも、冬眞《本名:神崎冬眞(カンザキトウマ)》は納得なさらなかったでしょう?」

「安心せい。あやつは、儂の下駄占いで、納得したわい。お前は結婚したかったのじゃろう? 夏海は悠長に構えすぎなのじゃ。あまり悠長に、しておると、どこの馬の骨かも分からん奴に取られるぞ。あやつはかっこいいからな」

「う~、確かにそうかもしれないけど・・・。それに、お爺さまなら本当にやりそうだもんな。現に、いつもやってるしね。あっ、でも書類書いてないと思うんですが、それにドレスとかも選んでないと思うのですが」

何とか、嘘だと思いたくって、あらを探す。

「ドレスはかわいいのを選んだぞ。喜べ。奮発して3枚も。だから、安心せい。書類に関しては、神崎の力でちょうど年の近い子に頼んで、書いてもらって、今朝一番に受理してもらったぞ」

「何を安心すれば、良いのか分からない。それより、お爺さま、それは公文書偽造で、立派に犯罪かと」

廉が涼しい顔をして言う。

「たぶん、俺も良く分からないが、有印私文書偽造か公正証書元本不実記載にあたるんじゃないか?」

そんなことを調べるぐらい、何かに昔は廉も悩んでいた証拠。

「そんな、難しいこと分かんないし、どうでも良いわよ」

夏海は怒ったように言う。

「私の知らないとこで、私も犯罪に荷担してるし」

「そんなこと、もうどうでいいじゃろう。さあ、行くぞ。結婚式じゃ。多分、花婿が首を長くして待ちわびているはずじゃ」

「あんなやつ待たせておけはいいのよ」

夏海が言うと豪造は、申し訳なさそうに言う。

「冬馬君に悪いと思わないのか? たぶん、今頃お前を今かと待ちわびているぞ」

「そんなこと思いません。あいつも、共犯者よ。それに、私がこなくて喜ばれてるかもね。ううん、絶対そ うよ。少なくとも5人ぐらいに」

「甘いな、夏海。私は少く見積もっても、2桁は行くと思うぞ」

「う~ん、そうか」

唸りながら、夏海は言った。

「冬眞もかわいそうにのう。プロポーズしたのは、夏海じゃろう?」

顔を赤くする。

「どうして、それを。冬眞が言いましたか?」

「あやつは言わなかったな、そんなこと。でも、儂の孫ならしてもおかしくない」