「冬眞先輩」

リルカが飛んでくる。

「どこにいらしたんですか?」

「あっ、庭を案内してもらっていました。すごい綺麗ですね。ずっとリルカさんは、今まで挨拶周りだったんですか?」 

「いえ、途中で、つまらなくって、実は内緒ですけど抜け出したんです。控え室になっている部屋で、一人寂しくお茶を」

「そうですか。ご苦労様でした」

つまり、冬眞はリルカにも、アリバイがないということを確認した。

「では、今までどちらへ。せっかく似合ってるドレス姿をみんなに見せてあげないと、みなさんがかわいそうですよ」

冬眞は思ってもないことを言う。

「くっさ~」と、夏海が言えば、廉も当たり前のように言う。

「あれは生粋のたらしだな」

冬眞がこちらに来る。

冬眞が屈辱だと言うように言う。

「 それなら、廉さんも似たようなものでしょう?」

「違うわ」

夏海がフォローにもならないことを言う。

「廉兄は確信犯。今ここでこれをいったら、自分がどれだけ有利になるかを考えて言っているの」

「はぁ~」

「だから、たらしじゃないわ、確信犯よ」

「面倒くさいですね」

好き勝手に言われるのを、廉は仕方がないと言うように肩を竦める。

リルカは照れたように、また父親と挨拶周りをする。

怪しい奴が増えたなと、思った忍だった。

しかし、それに対し、廉は言う。

「リルカの線は消えたな」

「えっ、なぜですか?」

冬眞の質問に、廉は笑って、言う。

「もし、穂波にやってもらうにしても、自分のアリバイは、その間作ってなければ、やってもらう意味がない。犯人にも、これは考えられなかったろう。まさか、その間、リルカにアリバイがなくなるなんて。自分が無実の証明をしてしまうとはね。皮肉だな」

そう言われ、冬眞は納得する。

「たしかに、そうですね」

会場に戻った夏海たちを富田が 飛んできて出迎える。

「大丈夫ですか?」

「ご心配をおかけしました。もう、大丈夫です」

夏海は、笑って言う。

「それはよかった」

安心したように言う。

「もう、おなか空いて空いて、死にそうです」

富田は笑う。

「それは、良かった。では、心行くまで食べて下さいね」

そう言って、場をはずす。

リルカと挨拶周りをバトンタッチする。

ケーキに取りかかろうと、皿に手を伸ばしたときだった、邪魔する声がかかった。

邪魔するのは、誰だとにらむと、リルカだった。

グラスを2個もってリルカが笑いながら言う。

「ご結婚おめでとうございます、夏海さん挨拶が遅くなり、申し訳ありません。是非、乾杯しませんか?」

ニッコリ笑って言う。

「あら、ありがとう」

「どちらでも、好きな方を選んで下さい」

「どちらでもいいわ」

そう夏海が言うと、拍子抜けしたように、

「じゃあ、私はこちらで」

そう言って、もう一つを渡す。

「夏海さん。飲まない方がよろしいですよ」

冬眞が耳打ちする。

「大丈夫よ、学生が手に入れられる程度の毒なら、たいてい耐性が出来てるわ」

「乾杯」

リルカは笑みで言う。

何か不吉だが、夏海は微笑む。

「乾杯」

そして二人とも口にする。

夏海はいぶかしむ。

口にしても、何の毒も感じられなかったからだ。

でも、少ししてから異変が起きた。

異変が起きたのは、彼女の方だった。

胸を押さえ苦しそうに倒れた。

それには、廉も冬眞も、そして夏海も驚いた。
 
富田はすぐ駆けつけ、彼女を抱き上げる。

「大丈夫ですか? リルカさま。しっかりしてください」

富田は、何事かリルカの耳元で囁く。それは、周りの者には、聞こえなかった。

それを聞き、彼女は驚愕し、目を見開く。

彼女は、事切れたように死んだ。

「リルカさま~」

その悲鳴に周りも気づき、悲鳴が上がる。

リルカが、殺害されたことで、会場内は一気にパニックになった。

我先にと逃げようとしたが、それに待ったをかけたのは、誰であろう間宮家の当主だった。

「この会場から出ることは、誰であろうとまかりならん。私の娘を殺した人間は生きてここから、出られると思うな。富永、警察じゃ」

「はい。すぐに」

そう言って電話をかけに行く。

警察にその一報がもたらされたのは20時を少し回ったばかりの頃だった。1課は急に慌ただしくなる中で、ただ、一人頭を押さえる者がいた。

それは、誰であろう、キャリア幹部の日下(クサカ)だった。

廉の友達で、あの教会の調査依頼を出されていたのが彼だ。

だから、その一報が入ったとき、何してんだよっと思っても致し方がない。

彼は警察の者とは、思えないほど、いつもブランドの服に身を包み、仄かに香水の匂いをさせ、普通の刑事のように汗だくになっている印象が、彼には全くなかった。

だから、今回の事件の指揮に彼が自ら名乗りで、指揮にあたることとなったときの職員の凍ったことは、言わずもがなと、言うもの。

職員はみな心の中で辞めてくれと、叫びまくっていたことは、トップシークレットである(笑)

とりあえず、警察の人たちの思いは横に置いといて、ホテルへと向かう。

「おい、何で、こんな山奥なんだ」

「土地代が安いからでしょうね」

日下が言う。

「そんなもんか。俺には、金持ちの思いは、わからん」

勤続30年を越えるベテラン刑事のトメさんが言う。

彼だけが文句も言わず、日下と組んでくれる、貴重な人だ。

ホテルに着き待っていたのは、まず間宮家当主の「遅い」って文句だった。

それを浴びせられ、日下は冴え冴えと「取り調べをやりたいので、犯人を早くあげたいのなら、下がっていろ」だった。

これには、他の警官たちは凍り付いた。

それを聞き、廉は笑う。
 
「お前は、相変わらずだな」
 
冬眞が訪ねる。 
 
「お知り合いですか」
 
「さっき、話していた刑事だよ」
 
 調査依頼した人だと、冬眞は分かり、挨拶をする。
 
「初めまして、廉さんの姪っ子さんと結婚した神崎冬眞と申します」
 
「お前が、勇気のある少年か、あの嬢ちゃんと結婚するなんて、勇気合ったな」
 
「えっ?」
 
「だって、あの嬢ちゃんの廉贔屓って、すげぇだろう」
 
夏海が怒ったように言う。
 
「初対面の人間にそんなこと言われる筋合いはないぞ」
 
それに対し、

「まじかよ、忘れちまったのか。あんなかわいがってやったのにひどいな」

だった。
 
「世話になった、覚えはないぞ」
 
「まじかよ、思い出せ」
 
「どうせ、思い出してもろくでもない思い出だ。わざわざ、思い出さなくって良いぞ」
 
廉が言う。
 
「お前までひでぇな。嬢ちゃん、こうなったら、何が何でも、思い出せ」
 
「そう言われても」
 
と、夏海は戸惑う。
 
「このぐらいの時に、世話してやったろう」
 
そう言って、しゃがんで、「このぐらいだっな」と、言って、座っている目線の高さで手を振る。
 
「こんぐらいで、かわいかった」と言い、夏は「あー」と指を指す。
 
「お~、思いだしたか」と、うれしそうに言うが、その後に続いた、言葉に肩を落とした。
 
「あ~。お前はあの諸悪の根元」
 
「根元って、酷いな」
 
「私に酷いあだ名を付けたではないか? それだけではない」
 
ちなみに、それは、『金魚のフン』である。

廉の後ろをいつも付いて、回った夏海だったからこそ、ついたあだ名。
 
夏海はプルプルとこぶしを震わせ言う。

「私の恋の逢瀬を邪魔しまくっただけじゃないか?」

「邪魔ってあのね。それで、何度助けてあげたことか。君がイノシシのごとく猪突猛進にどこでも突っ込むから、危ないんでしょ?」

「それでも、私は廉の元にいければよかった」

「君はねぇ」

その言葉で、冬眞は気づく。

彼が心配しているのは、夏海に変なちょっかいをかけた子たちだ。

たぶん、廉によって、再起不能にされることだろう。

それを廉にさせないために、彼が邪魔をしていたのだ。

「私がいこうとするのを、いつも邪魔し、何が良い思い出か」

「現に、廉が何も言わなかったろ」

「確かに」

夏海は一度は納得するが、

「しかし、逆も言えるぞ。廉はお前に感謝したか? してないだろう?」と言って、笑う。

日高は夏海のその言葉に肩をすくめる。

冬眞はそれで、またまた気づく、たぶん、感謝されていたのだと。

それを言わないのは、夏海のため。

本当に、夏海の周りには、どうしてこんなに、優しい人ばかりなのだろう?
 
夏海は、本当に周りに恵まれている。

それを本人が気づくかは疑問ではあるが。

夏海の言葉を聞く限り気づいていないようだが。
 
「結婚しても、相変わらず嬢ちゃんは廉贔屓か? 当分、お前結婚できないぞ」
 
そう言うと、廉は苦笑いする。
 
「廉兄は、いずれしかるべき相手と結婚する」
 
「お~、嬢ちゃんも大人になったな」
 
「当たり前だ。いつまでも、子供でいられるか。それに、廉兄が結婚を決めるときは絶対何らかの利用価値があるはず。それを邪魔したりなんかするか」
 
「さすが、廉の姪っ子だわ」
 
「当然だろ」
 
廉があまりにサラリと言い、日下は笑う。
 
「叔父贔屓だけかと、思ったら、姪っ子贔屓もあったか」
 
「そう言うお前も、相変わらず、周りから煙たがられているみたいだな。お前の上司殿の心中を察すると、あまりある」
 
「ふん、陰湿極まりないやり方で、病院送りにした教師の数知れず。さらには再起不能にまで陥れたお前には言われたくない」

徐々に喧嘩の方向が変わっていく。
 
まるで、子供の喧嘩のようだ。

それに、二人とも、楽しそうだし心配いらないみたいだ。

「馬鹿みたいに、ただ、正義感を振りかざし、多数の教師を病院送りにした奴に、いわれたくない。そのせいで、教師の数も足りなくなったんだぞ」

「それは、俺だけのせいじゃないぞ」

はたで、聞いていると、レベルの低い言い合いに、夏海は目を丸くする。

で、冬眞はまとめる。

「つまり、教師には思い出したくない暗黒の時代だったわけですね。教師にとっては、その年のこと思い出すのもいやでしょうね」

日下は眉をしかめて廉に言う。

「おい、あれ失礼だぞ」

「ああ、お気に召したのなら、申し訳ありません。ただ、妻を悪く言われた夫としては、普通の反応だと思いますよ」

「絶対、違うぞ」

「そうですか?」

シレっと冬眞が、言う。

「お前あいつに、年上の敬い方教えておけ」

と、日向は廉に言う。それに対し、あっさり言う。

「無駄だろう?」

「人に言われて、敬う素振りはできますが、本当に敬うべきひとには何も、言われなくっても、自然とでてくるものでしょう?」

「つまり何か、俺にはでてこないってことか」

「ああ、そう聞こえてしまったなら、申し訳ありません」

絶対そう思っていない口振りで謝罪を口にする。

「で、取り合えず、懐かしの話は今はおいといて、事情聴取させて、もらうぞ」

日下は、一通り聞く。

「えっ? それは、どういうことだ。脅迫状って?」

「これよ」

と言って、夏海は見せる。

「うわ~。がきんちょらしいわ」

「でしょう?」

それを見ても、新米警官は首を傾げる。

トメさんが説明する。

「ひらがなだけを読んで、見ろ」

「あっ、こんなのが、来ていてあなたは来たんですか?」

「行けませんか?」

「あなたが狙われていたんでしょ?」

「良くわかっておいでじゃないですか、刑事さん? そうです。私は命を狙われていたが、私が狙っていたわけではありません」

「狙われていたなら」

「もっと、怯えろと」

「彼女に、すまないと思わないのか。君の代わりに彼女が殺されたんだぞ」