それはまだ二人が幼かった頃の話。それは、東京都内の広い庭で話し合われた。

「私が貴方の長年の望みを叶えてあげるわ」

「僕の望み?」

冬馬は不思議そうに首を傾げた。

「ええ、私にしかそれは出来ないことでしょう? 冬馬の望みを叶えられるのは?」

そう夏海は言って笑う。

「望み何てありませんよ」

「嘘ね。冬馬の望みは、京極の名でしょう?」

「どうして? それを」

そう言って冬馬は口を閉ざす。

「分かるわよ。冬馬の持っているオーラがお爺様と近いんだもの。冬馬はお爺様の子ね」

そう言われ、冬馬は溜め息をつく。

「夏海さんには隠し事は出来ませんね。正解です」

「お母さんは?」

疑問を口にすると冬馬はフッと笑う。

「やはり、夏海さんもそこは気付きませんでしたか?」

冬馬はそれに、笑って言う。その時、ししおどしが、鳴る。

「僕の母は、あなたのお爺様を本気で愛してました。そして、僕の養父のことも本気で愛してたんです。気の多い女性ってやつですね」

「優しい女性よ。そして、強いわ。気の多い女って言わないで。私が尊敬している人なんだから」

夏海が言うと、冬馬は驚いたように聞く。

「あなたの命を奪おうとしたのに?」

「そうね。でも、その結果は、私があなたの両親を殺してしまったわ。原因はどうであれ、私が殺したことに代わりはないわ。あなたのご両親が何をしようとしてたかなんて関係ないわ。実際に起こったことが全てよ。仮定より結果よ。私は人殺しよだから、冬馬には私に復讐する権利がある。私はそれと戦う気かあった。でも、気づいたの。それよりもあなたは復讐以前に欲しがっているものがあると」

後悔がわかる言葉に冬眞は、笑った。

「それが、京極の名だと」

「ええ。違って。あなたが生まれたときから止まない欲求よね」

「そうですね。欲しいです。それは、僕がずっと欲しくてやまないものですから。でも、1つだけ訂正させてください。僕は夏海さんに復讐する気はありません。それどころか、僕が復讐されても仕方ないのに、償わなきゃいけないのは、僕です」

「それこそ、なぜ?」

「僕の両親はあなたから家族を奪った」

「冬馬って、変ね」

「変ですか?」

不思議そうに聞く。夏海は笑いながら頷く。

「ええ。だって、あなたは生まれたときに本物の家族は奪われたわ。あなたにはないのよ」

「僕から言わせれば、夏海さんの方が変です」

「ねぇ、冬馬は分かるかな?」

「何をですか?」

「日本にある四季はどこから始まるのが本当なのか? ねぇ、冬馬は知ってる? 冬の次には絶対春が来るって。どちらが、先なのかねぇ、それは? この国の四季は春から始まるわ。でも、本当に春からなのかね。お祖父様は冬からだと、思っているわ。それは私達の名からも分かる」

「えっ?」

何を言おうとしているのか分からないというように冬馬は首を傾げる。

「だって、あなたの方が早いのに冬なんですもの。季節はどれが始まりか分からないわ。それは、人には分からないことなのかもしれない。でも、それでいいわ。ねぇ、知ってる?」

「何をでしょうか?」

「私たちの名には季節が入ってること?」

「それはあなたが京極であると言う証明。祖父からのね贈り物。お祖父様もまた、冬から始まると考えているのね」

「ハハハハハ」

「だから、先に生まれている冬馬が冬なの。それと、人生は同じじゃないかしら。冬馬の人生は冬から始まってる。でも、きっと春が来るわ」

それにかすかに冬馬は笑う。

「そうだったら、いいな」

「絶対そうよ」

夏海が怒ったように言う。

「じゃなきゃ、私たちは、一生冬馬に償えないわ」

「償う必要なんか有りませんよ」

そう言われ、夏海も頷く。

「そうね。これは勝手な大人たちのしたこと。でも、それでいまなお苦しんでる者がいたら、それを取り除くのは私達の役目」

「じゃあ、僕の苦しみは夏海さんに任せます」

ニッコリ笑って、冬馬は言ったのだった。

「私に任せなさい」

そう自信満々に言ったのだったが、これが、あんなことになるとは、この時の二人はまだ知らない。