日が沈み、朧月が夜空に昇る頃。
庭で空を仰いでいると、こちらに近付いてくる気配がした。
そちらに目を向けると、艶子が歩いて来るのが見える。
「急に呼び出して悪かったな」
「ええで。それで、話しって何や?」
艶子はこちらに警戒しているようにみえない。
むしろ自然すぎる空気が逆に怪しく感じた。
「俺が言いたいことは一つ。アンタ、間者だな」
「……ぷっ、ははははは!夜に呼び出されて、一体何を言われるんやろうと思ったら、ウチが間者やって?斎藤はん、そないな冗談言うためだけにウチを呼びだしたん?」
「黒猫」
黒猫、という単語に艶子はピタリと笑うのをやめた。
「黒猫はアンタの通り名だな」
真っ直ぐ目を見ると、艶子から笑顔は完全に消え失せ、真逆の冷たい表情へと変わる。
その表情が何よりの決定的な証拠だった。


