そして。
その日の放課後、俺が神楽の教室に迎に行くと、もう準備を終えて教室前で待っている神楽がいた。
「神楽」
名前を呼ぶと、少しだけ恥ずかしそうに笑って近づいてきた。
「......帰ろ」
そして小さい声でそういうのだ。
..................あぁ、もう。
俺は神楽を軽く片手で抱きしめ、すぐに離した。
人前だから、神楽が嫌がるだろうと思ったから。
「ん。帰ろ」
そう言って引き返す。
けれど神楽がついてくる気配がなく、振り返ってみると元の位置から動いていなかった。
こういう時は、決まって神楽は何か言いたいときだ。
「どした?」
「......うん」
神楽の元へ引き返すと、彼女は頷いた。
「...なんか、みんなの前でされるのは恥ずかしいけど、少しだとさみしい気が...」
.....................。
「......、えと、その。忘れて、なんでもない......っ」
慌てて取り繕う神楽に笑えてきてしまう。
「...ごめんなさい」
「なんで謝んの」
神楽の顔をのぞき込むと、彼女は顔を伏せた。
「......重いとか、めんどくさいとか、思われそうだから」
「........................」
「...響くん、付き合ったこととか、たくさんありそうだし」
ふ。
「あはっ、いや、思わねぇよ」
「...笑った」
俺が笑うと、神楽はふてくされたように顔を背けた。
「ごめんごめん、いや、可愛いと思って」
「.........そんなこと言っても許しません」
「え」
神楽はそのまま歩きだしてしまった。
俺はその後ろをついていき、校門を出てしばらく歩く。
そして、人気のない路地を見つけ、神楽を引き入れた。
「えっ、ちょっと、なに...」
神楽が何か言う前に、神楽の顔の横に手をつき、彼女が逃げられないようにする。
そして、耳元で声を低くして問いかける。
「...拗ねてんの?それともふてくされ?」
「っ!」
かぁっと赤くなった彼女の頬。
「べ、別にふてくされてるわけじゃ、ないけど...その」
「ん?」
もごもごと何か言おうとする神楽と目を合わせる。
すると、観念したように、彼女は。
「......別に.........いいけど...どうせ馬鹿だとか思ったんでしょ」
「............何を?」
「私がわがままだとか思ったんでしょ」
............こいつは何言ってんだ?
「神楽」
「別に、確かにわがままだし...いいけど」
この頃わかってきたことがある。
神楽はすねたり、言いづらいことを言おうとすると『別に』という言葉が増える。
...こういう時って、何言ってもしょうがないんだよな。
「神楽」
一度甘く囁いて、彼女に口づける。
「なっ、にするの!?」
「キス」
’’そうじゃなくて’’と真っ赤になる神楽が可愛くて仕方ない。
「...あなたはいつもそうやって逃げようとするのね」
神楽はそう言ったっきり、そっぽを向いてしまった。
...これは、なんというか。
こんなときに思うことじゃないかも知んないけど。
「...かわい」
「!?」
あ。こっち見た。
「..................」
「...なぁ、俺は」
仕方ないから。
言葉で伝える。
「わがままでもなんでも。お前が好きだよ?」
「......またそういう」
「嘘じゃない。...神楽だけ」
そういうと、ちらりと俺を見た神楽は
「......嘘だったら、許さないわ」
「...もちろん」
俺はもう一度、神楽にキスをした。
「...何が不安?」
「...............めんどくさいとか思わな」
「思わないから」
「......響くんばっかり余裕があって、私だけ置いてかれてる気がするの」
すこし下がっていた眉が不安げに上がる。
「...神楽は」
「?」
「近づこうとしてくれてたんだ?」
「...............うん」
いいのに、そんなの。
「...俺だって、そんな離れてるわけじゃねぇし、どんだけ神楽が遅れても、待っててやるよ?」
「...............そっか」
神楽は、少しだけ安心したように笑った。

