蛍は外から聞こえる音で目を開けた。

 雨が降っているようだ。

 鷹が夜行性だからか、夜の方が動きやすかったりする。

「…翠…?」

 この時間には、いつもなら夕食いい匂いがしてくるのだが。

 今日はただの沈黙と甘い麝香の香りしかしない。

 と、扉が叩かれる。

 翠…ではないだろう。

「…誰だ。」

 聞こえていないのか、返事はない。

 翠ではないと確信できるのは、相手がノックしたからにすぎないが、こんな時間にこの雨の中、多分翠に何の用だろう?

(…男か?)

 あの幼なじみだろうか?

 かすかに苛立ちを覚えつつ、扉に向かう。

「…誰だ?」

 すると、まったく予想外の声がした。

「…蛍か?俺だ。」

「…!樹か。」

 蛍は扉を開けた。

「どうしたんだよ?」

 不思議に思って聞けば、樹は手の中の傘を示した。

「傘がなくて帰ってこれないのかと思ってな。」

 そういえばそうだった。

 蛍は片眉を上げた。

「…帰んなきゃいけねぇってことさえ忘れてたわ。」

「おいおい…。」

 今日は夕食は食べれなさそうだ。

 とりあえず書き置きでもして帰るか、と思いながら、樹を先に帰す。

 どうせまた女の所にでも行く予定だったのだろう。

 そそくさと帰っていった。

 蛍は紙にサラサラと文を書くと机に置いた。

 そして、さぁ帰ろう、と扉に手をかけようとしたときだった。

 ガラッと扉が開いた。

 驚いてそちらをみると、自分より少し年上くらいの男が立っていた。

「あれ、君、何でここに…。」

「許可は取ってある。あんたこそノックもせずに…。」

 男はケラケラと笑って言った。

「いやぁ、ごめんごめん。まさか誰かいるなんて思わなかったからさ。俺は亮太。琉斗の従兄弟だよ。翠とは長いつきあいでね。」

 見るからに腹黒そうなそいつは、躊躇いもなく中に入ると、リトのエサを取って出て行く。

「あんた、翠の居場所知ってんのか?」

 思わず尋ねると、亮太は少し笑った。

「それを知ってどうするつもり?」

「別に…。」

 痛いところを突かれてまごつく。

 すると、そいつは「ははぁん?」と言って蛍の顔をのぞきこんだ。

「な…なんだよ…!」

 思わずのけぞると、ケラケラと笑い、訳知り顔で言った。

「顔が赤いね。それと、さっき翠の名前を出したら瞳孔が僅かに大きくなった。」

 好意のある証拠だ、と亮太が笑う。

「………。」

 思わず唖然としていると、亮太は肩をすくめて言った。

「あぁ、ごめん。俺、心理学とかやってるんだよ。応用して、クローフィが人を喰らうとき、どんな兆候を見せるのかとか、そういうのを調べてる。」

 そして、亮太はいたずらっぽく言った。

「その他にも、翠の目を見た後は視線を斜め下に逸らす、翠の元へ向かうときには足早になる、なんて事があれば君は翠に恋してるね。」

 蛍は冷や汗を垂らした。

 どちらも覚えがあった。

 だとすれば、翠のことが好きなのだろうか。

 と、亮太が可笑しそうに笑った。

「まぁ、人によって違うさ。じゃないと心理学は楽しくないよ。そうだからといって君が翠が好きかなんて決めつけられないよ。」

 そして外へ出て行く。

 そして思い出したように言った。

「翠は琉斗の家だ。」

 途端に体が動いた。

 傘をひっつかんで走り出す。

 なぜだかはわからない。

 いや、わかっているのかもしれないが。

 とにかくだめだ、と思って、蛍は走り出していた。