「あなたは…何…?」

 蛍は唇を噛み締めた。

 人に言えないような素性であることは、ここでごまかせばもう隠せない。

 翠のことだ。

 多分人に言いふらしたりはしないと思う。

 だが。

「…それを知ってどうすんだよ。」

 時間稼ぎもかねて尋ねる。

 翠はその紫色の瞳を逸らさず、ゆっくりと諭すように言った。

「…あなたのことが知りたい。…ただそれだけ。」

 そう言って視線を逸らし、自嘲気味に笑った。

「…って言ったら笑う?」

 蛍は意外に思って翠に問う。

「なんで笑うと思うんだ?」

 翠は首を傾げ、なんでだろ、と言った。

 そんなの蛍にわかるわけもないのだが。

「…けど、蛍って人に興味なさそう。」

 あながち間違ってはいないな、と思いながら、今自分が壁際に追いつめているこの少女のことは知りたいと思っている自分に矛盾を感じた。

 だからかこの少女になら、自分の身の上を語ってもいいかもしれないと思ってしまう。

 蛍は壁から腕を下ろした。

 自分を閉じこめていた檻のなくなった翠が壁から離れる。

 そして、感情の読み取れない…だが、無表情ではないような、そんな目で蛍を見た。

「…ねぇ、まだ質問に答えてない。」
 
 蛍は小さく舌打ちした。

 どうやらこの少女には誤魔化せないらしい。

 蛍は壁にもたれた。

「…お前にしか話さねぇから、そのつもりで聞けよ?」

 翠が蛍の隣にもたれて頷いた。
 
 腹を括って話し出す。

「…俺はクローフィだ。」

「は…。」

 さすがの翠も驚いたか、と思ったが、横を見れば「馬鹿にしてんのか、お前。」と言うように眉を寄せている。

 完全に信じてない。

「…本当だ。」

 念を押すように言えば、翠が呆れたように言った。

「本当だとして、匂いが獣の人間ってだけでしょ?」

 蛍は大きなため息をつくと、上着を脱いだ。

「ちょ…何して…。」

 翠が露骨に嫌そうな顔をする。

「信じてないお前が悪い。」

 そう言うと蛍は見ろ、と言ってから目を閉じた。

 次の瞬間、風が巻き起こる。

「っ……!」

 閉じたまぶたを開けると、背中には焦げ茶色の翼があった。

「…え、本物…?」

 翠が目を瞬かせておずおずと手を伸ばす。

 そしてさわさわと羽を撫でる。

「……っ!」

 くすぐったい。

 蛍は顔をしかめた。

 と。

「い゙っ!?」

 ぐっと引っ張られて背中に痛みが走る。

 髪の毛を引っ張られたような感覚だ。

「……本物だった。」

「そう言ってんだろーが。」

 蛍は翠を見る。

 興味津々といった様子だ。

 口をわずかに開けて見入るその様子が可愛い。

 本人には絶対言えないが。

「…これ全部むしったら枕がいくつできるかな…。」

 バシッ!!

 蛍は羽で思いっきり翠を叩いた。

「~~~~~っ!!!」

 翠が無言で睨みつけて抗議する。

 無視して蛍は静かに言った。

「…誰にも言うなよ…?」

 翠は打って変わって真剣な目をして言った。

「…言わない。」
 
 そして目元を緩ませた。

「…そのかわり、明日からまた来て?そしたら黙ってる。」

 蛍の中で何かが音を立てた。

 何だか切ないような気持ちになって、蛍は視線を逸らす。

 そして、わざと突き放すように、

「…気が向いたらな。」

 と言った。

 翠は不思議そうにこちらを見ていたが、ふと口元を緩めて去っていった。