(わかんねぇ…。)
 
 なんであんなことを言ったんだろう?

 蛍はため息をついた。

 鳶を殺したのは琉斗だろう。

 だが、どう考えてもあの時翠に言うべきことではなかった。

 二晩経ってももやもやする。

 やるせなさが残る胸にイラつく。

 夜の戸張が落ちる中、蛍は目を閉じた。

 そのまま眠ろうと深く息を吐く。

「そんなところで寝たら風邪引くぞ。」

「……チィッ…。」

「分かりやすく舌打ちするな。」

「うるせぇ、じじい。」

「あ゙?」

「お前のことだよ、樹。」

 深いため息が聞こえた。

 もちろん樹の。
 
「わかったわかった、だが風邪はいかん。」

「…るせぇよ。」

「わかりやすく反抗期だな。俺はちょっと出かけてくる。」

 いそいそと支度をする樹を横目で見やる。

「…女だな。」

 呟くと、ギクッと樹が固まった。

「…な…何を…?」
 
「だぁかぁら、女だなって言ったんだ。」

 樹はたじたじになっていたがやがて。

「…たくよぉ…何でわかるんだよぉ…。」

 蛍は鼻で笑った。

「ふんっ、わかりやすすぎんだよ。」

 樹がそそくさと出て行くのを横目で見ながら蛍はため息をついた。

(どうして…。)

 頼むから、言うことを聞いてくれ…。

 蛍は眉を寄せて、唇を噛み締めた。



 翠はリトを撫でながらまつげを伏せた。

 琉斗が鳶を殺したなんて、嘘に決まってる。

 あんなに仲良しだったんだから。

 みんなで…三人でたくさん遊んで、たくさん笑った。

 仕事も毎日一緒に行った。

 なのに、琉斗が鳶を殺したなんてありえない。

 誤解だ。

 翠は、視線を上げた。

「…誤解…解かなくちゃ…。」

 このままじゃいけない。

 翠なりに蛍のことはわかっているつもりだ。

 琉斗とだって仲良くして欲しい。

 翠はリトを抱いて立ち上がった。



 蛍がいると思われる宿屋に向かう。

 途中、上機嫌の樹と会ったので、蛍はいるかと聞くと、頷いてくれた。

 ただ。

「ものすごい不機嫌そうだったぞ?」

 という言葉もつけたしていった。

 丘を下ると宿屋が見えてきた。

 駆け寄って翠は宿屋の扉を開けた。

 主人に蛍に会わせてくれ、と頼むと快く部屋を教えてくれた。

 宿屋は受付があり、その後ろ側にずらりと部屋が並んでいる。(アパートみたいな感じで。)

 翠は扉を叩いた。

「……誰だよ。」

 不機嫌そうな声に翠は躊躇いながらも
口を開いた。

「私。話をしにきたの。そのままでもいいから聞いて?」 

 声をかけたが、気配は動かない。

 翠は仕方なく話し出した。

「…琉斗は昔から私と一緒にいたし、鳶と親友だった。ホントに仲良しだった。…確かに口は悪いし腹黒いけど、親友を殺したリなんかしないよ。」

 と、間髪入れずに声が帰ってきた。

「気づいてんじゃねぇか、腹黒いって。だからお前は鈍いって言っただろ?腹黒い奴がお前を騙すのに、そう簡単に本音漏らすかよ。」

「違う!」

 翠は扉に飛びついた。

「そんなんじゃない!どうしてそんな曲がった考え方をするの!?」

 扉にすがって声の限り叫ぶ。

 と。

 バンッと音がして扉が開く。

「きゃっ!!」

 弾き飛ばされてよろけると、ぐっと手首を掴まれた。

「お前はなんっもわかってねぇ!!!」

 蛍の声は怒りとともに、悲しみさえ感じられた。

 がんっと音を立てて壁に追い詰められる。

 金色の目が翠を捉えて放さない。

「あいつはお前のことを自分のものだと言ったんだ!!で、俺を牽制しにきた!!それのどこが鳶の死を悲しんでるって言うんだよ!?」 

 翠の体が強張った。

 聞いたことのない、琉斗のことだった。

「…そ…そんなわけない…。」

 翠は絶望の面もちで蛍を見る。

「琉斗は…だって琉斗は…!!」

「鳶の親友、だろ?」

 睨みつけてくるその眼光にビクッと肩を揺らし、翠は言った。

「きっと早とちりしてるだけだよ、蛍…。」

 蛍の瞳が一瞬揺れた…気がした。

 図星だったのだろうか?

 と、蛍の褐色の肌から、またあの甘い香りが沸き立った。

 翠はじっと蛍を見つめ、小さく言った。

「麝香…。」

 今度は蛍がビクッと肩を揺らした。

 壁から少し身を離し、翠は蛍の鷹のような瞳を見つめた。

「…麝香の香りがする。」

 蛍が眉をひそめた。

「…ここはどこでもするじゃねぇか。」

「あなた自身からするの。ねぇ、蛍…?」

 翠は一瞬視線をさまよわせ、そして言った。

「…あなたは…何…?」