翠は雨の中、傘も差さずに村長の家で行われる戒めの儀に走っていた。

 バシャバシャと水が跳ねる。

 肌を冷たい水が伝った。

 見えてきた扉に駆け寄り、中に飛び込む。

 そして目を見開いた。

 早めに来たはずなのに、村人はもうそろっていた。

「翠っ!」

 琉斗が駆けてきて翠を引っ張っていく。

「何してたんだよ!?遅いじゃねぇか!」

 翠はぎりっと歯ぎしりをして言った。

「時間を遅らせて伝えられたっ!今からじゃないことに驚いてる!!」

「うそだろ!?もうとっくに始まってる!!」

 なんて卑怯な手を…と怒りに震える。

 と、村長が言った。

「蛍殿、それでは岩戸の場所を知ってしまったのは事実なんですな?」

「…そりゃまぁ…あの時は必死だったし。」

 翠は真っ青になった。

 村において重大な罪とはこのことか。

 岩戸の場所を知るのは禁忌だ。

 けど、おかげで翠は救われた。

 翠は蛍を庇うように飛び出した。

「蛍は悪くない!蛍が助けてくれなきゃ今私はここにいない!!この場も裁判なんかじゃなくてお通夜になってたわよ!!」

 翠の剣幕に蛍を押さえていた男たちがびくっと震えた。

「蛍に触らないで!!」

 その男たちの手を払う。

 そして、蛍を睨みつけた。

「いつまで大人しくしてるつもり!?手錠なんて壊せちゃうくせに!!」

 蛍はお手上げというように肩をすくめてから、バリンッと音を立てて手錠を破壊した。

 その場がざわめく。

 翠は村長を見た。

「…人の命と掟、どっちが大事なわけ!?」

「そやつは部外者だ。」

「私の恋人よ!!」

「部外者に変わりはない。」
 
 冷徹な男に、翠はとうとうぶちきれた。

「あぁっ!もうわかった!!なら私が死ぬ!!」

「なにを…!?」

 男が慌てだしたのを見て、翠はぎろっと村長をにらむ。

「私が死ねばいい。鳶は昨日私を助けられなかった。だから私は死んだ。そういうことにして。」

 むちゃくちゃだな、と心の中で苦笑いする。

 だが、譲れない。

 鰐蛇に喰われる蛍なんて見たくない。

 そんなの、鳶だけでもうこりごりだ。

 と。

「ふざけんな!!なら俺が死ぬ!!ってか、俺を殺すなら翠も殺せ!!俺は鳶ってやつほど人がよくないんでね!!こいつとは死ぬまで一緒って決めたんだよ!!」

 その声に、翠は思わず頬を緩めた。

 蛍は蛍だなぁ、と思った。

「…ってことで、だめですか?村長。」

 翠は、睨みつけるように村長を見つめた…。