「…ありえない…。」

 翠は体を震わせた。

「…あ?別にいいだろ?」

 蛍が鬱陶しそうに手を振った。

「…ありえない…。」

 翠は席に着いた。

「どうして卵焼きがしょっぱくなるの!?」

 翠は涙目で叫んだ。

「卵焼きは甘いって決まってるのに!!」

「お前以外とめんどくさいのな。」

 呆れたように言いつつも、その言葉にとげはない。

 翠はむすくれながらそれを口にする。

「…まぁ、これもいいか。」

 そう言いながら卵焼きを口に入れたときだった。
 
 バンっと音がして男たちが入ってきた。

「ちょっとっ!!何勝手に入ってるの!?」

 翠が怒鳴ると、男たちはうっと怯んだ。

「…何しに来たの?」

 翠が低く問えば、男たちは視線をさまよわせ、やがて…。

「…んっんーっ!!」

 大袈裟に咳払いすると、鋭い目つきで蛍を見て言った。

「その男を戒めの儀にかける。」

 戒めの儀。

 その言葉に翠の体がつま先まで冷えた。

 翠の様子がおかしいと気づいたのか、蛍が翠を引き寄せて冷静に言った。
 
「戒めの儀ってなんだよ?」

 男たちが口々に言う。

「裁判だ。」

「お前はこの村において重大な罪を犯した。」 

 翠は混乱する頭の中で言った。

「…蛍は何もしてない…。」

「それは民が決めることだ。」

 男がそう言って蛍に手錠をかけた。

 蛍はしばらくそれを眺めていたが、ふっと笑った。

「まぁ、いいさ。俺は何もしてない。それなら殺されることもねぇだろ。」

 そして、翠の方を振り向き、一瞬口づけると、「待ってろ。」と一言言って去っていった。

 翠は震える体を抱きしめた。

 鳶のときもそうだった。

 突然連れて行かれた。

 過去に似たようなことがあったからか、体のふるえは、いつまで経っても止まらなかった。