『あなたは特別だから。だから、このことは秘密、よ?』

 ───頭の中で 懐かしい声が そっと響いた───

黎明
 薄暗く湿った空気に、翠(すい)はまぶたを開いた。

 懐かしい夢を見た気がする。

 たぶん、お母さんの。

 手先は冷え、頬をひやりとした空気がすべった。

 そっと布団から抜けだし、部屋を後にする。

 長袖でも肌寒く、翠は身震いした。

 上着を羽織り、外へと歩き出す。

 吐く息が白い。

 岩と木を積み重ねてできた囲いの中のこの村は、表向きは王都直属の騎馬隊の騎馬を育てている。

 だが裏では、ひっそりと動物の混血を行っていた。

 この混血のことをクローフィと呼ぶ。

 翠はこの村の獣医だった。
 
 それも特別な。

 翠は四年前に母親を亡くした。

 母親は…ワニと蛇のクローフィに喰われた。

 村の『掟』を破ったから、餌にされた。

 それだけではない。

 暴れて理性がなくなった肉食のクローフィは、時として人を喰らう。

 獣医はこの村にとって、世界で一番危険な仕事であった。

 そう、兵士よりも誰よりも、危険であった。

 翠はそっとため息をついた。

 明け方の月が鈍く光っている。

 獣の医術師としての一日が、今日も黎明とともに始まる。